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Foreign Affairs

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2015年8月 1日 (土)

明治帝国カルト

「宮内庁と小野光太郎」の関係が「総社と一宮」。
「神祇神社」が、宮中。
「22社」が、皇太子や秋篠宮グループ。
「八幡ネットワーク」が、それらを取り巻く政治的エネルギー。
「第二次世界大戦の宗教」

洞冥記
母は言った。
「あら、帰ってきたの?ずいぶん老けてしまったのね」
「いろんなものを見た。人が死ぬのも見た。飢えや災害も見た。泥の中を泳いだ」
「あなたはどこへ行くの?」
「皇帝になるのさ」

小さな男は自由に動く。無名こそが有名の母だ。
欲がなければ有名になる素質を持っているし、有名というのは毒だ。
欲を出すのも欲がないのも同じことだ。

公候伯子男というのがあるが、公候というのは土地の大きさで決まり、
伯子男というのは「文章を解釈する力」で決まった。
40歳過ぎの強者に爵位を与えた。
大体、土地を持っているか、文章が読めるかがわかるようになる年齢だからだ。
婦人の爵位は、未婚の女は父にしたがい、結婚したら夫にしたがい、夫が死んだら子にしたがう。
一人の夫に一人の妻はこのように決まった。
父は大夫であり、子は士である。
父は死んだら士となる。
天皇というのは「号」である。
天皇がなぜ君主であるかというと敵をなくす方法を知っているからである。
謚の基本は、翼の力は堯を示し、聡明さは舜を示す。
太陽の力は仁を示し、光の強さは武力を示す。
君主は天地を祈る。王子は山と川を祈る。
一家の主は門、玄関、囲炉裏、水、神棚に祈る(五祀)。
大臣は命の復活に従順である。
義理人情は苛立ちに見あわず、悟ったものへの苛立ちは階級にあわない。

水経注
昆崙の西北に城があり、三つの丘があった。
川の治め方を中国は昆崙で知った。
水は地下にも流れるし、土地の血液であり、空気であった。

親と子供は違うものを食べ、エリートとそうでない人は違う仕事につき、女と男は違う格好やおしゃれをしている。
なぜか?
「学べ」
(論語のオープニング)

三字経「子供の頃の文字で器を決めろ」

上下が恨まず、民が仲良くできるのがファミリーライン(系図)である。
身内の一人にいいことかあれば、身内ではなく人々が喜ぶ。
このシステムを作り上げることか大事だ。
驕るものを戒めるのは身内である。
また、運動会レベルから行われる上下の関係は国を治める上で効率がいい。
君主は夜は寄り添わないあなた方の父である。
庶民は君主に「人間とは何か?」を教えるものである。
空の動きに逆らえない君主は人々の心を知り、和解させようと努力する。
土地を持つ公爵、侯爵を、文字が読める伯爵、子爵、男爵が喜ばせる。

心の貧しい君主が死後称賛されることは礼を失している。
「それでよい」(コメンテーター天皇明仁)

政をなすのは理系の学問である。治めるのには法則があり、理系にはよこしまな心がない。

学を志すものは体を鍛えなければならないし、武を志すものは学ばなければならない。
何よりも、兵士はかっこよくなければならない。

君主は兵士の憧れでなければならない。
中森明菜 リフレイン

聖人とは何か?
有名であり、治めたことがあり、発言した者だ。
文系の情けを知り、理系の徳を知る。

朝鮮(韓)とは、中国にとっては「言葉の通じないものたちに関する学問」であった。
「飲ませろ、飲ませろ、ご婦人に飲ませろ」
ご婦人たちは言った。
「あなたの国がどんなに優れているかは知りませんが、私たちにも誇りがあります。飲ませてよ」
「イケメンならなお素敵」
「そんなことも知らない男なら死んだ方がましだわ」
りりィ LIVE「私は泣いています」

人は、全く異なるものだ。
欲するものも異なり、求めるものも異なる。それが生きるということだ。
愚か者は「なぜ異なるのか?」というが、国を豊かにするためには必ず理解しなければならないことだ。

年配者は治めることに失敗してきているが、のちの世代のモデルとして生きる。
のちの世代は学ぶことが許されている。 
人々の欲望は限りないが、ものは少ない。
それが、学問が必要な理由だ。

大人の発言は重く、若者の発言は軽い。
しかし、春秋時代を経験したことが若者の発言を重たくした。
若者は書から学ぶのだから書を燃やしてはならない。
なにか事件が起きるたびに12本の論文が必要になる。
伯爵が学ばなければ、悪をなすものは悪のままだし、傷ついたものは傷ついたままだろう。
問題を解決するための12本の論文をイエスしか知らなかったために「しばき隊」がイエスの周りに集まる。

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外国の国から日本に桃を食べに来た人を罰するのは日本の国益のためだ。
しかし、桃を食べることは人々を癒すだろう。
車やキャタピラーを輸出することも人を癒す。
戦争が起きるとこれらの癒しが困難になる。
一人の死にはひとつの罪がある。十人の死には十の罪がある。
百万人殺したらしかしそれは誉れだ。
なぜなら後の世まで語り継がれることだからである。
君主はそれを知っているものである。
君主は歴史に名前を残したくて些細なことでも戦争をしたがる。
黒いものも白くなり、白いものも黒くなる。
それをよく理解しなければならない。
民の癒しを知らなければならない。

君主にも妻がいて娘たちがいる。女たちは感動しやすく、君主の力量に関わる。三国志の研究をするためには「お妃さま」の研究が欠かせない。
袁紹は、董卓に「俺は戦で二千人殺してしまった。子供を君主に仕立てあげてお前は何がしたい?」と怒った。
人気者の董卓を影で支える袁紹。しかし、袁紹は董卓を討とうと考えた。
黄巾の乱を平定し、匈奴を治め、袁紹は董卓を脅した。

大學、論語、孟子、中庸と学ぶ段階がある。
大学でいろんな経験をして若さを無駄にして、やがて論語で富めるもの、貧しきもの、男と女などを学び、
孟子で人の心を知り、
中庸で穏やかな人になる。
この順番でいく方が文字の読み方が身に付きやすいのだ。
大学は田んぼを買うために学ぶものだ。
しかし、論語はいろんな作物の作り方や、土地の使い方を教え、富をもたらすための書物だ。

易とは「飲食の道」であり、仕事運のことを言う。

子貢「貧しいものは騙さない。富める者は驕らない。この発想をどう思いますか?」
「切磋琢磨とはこの事だと思うのですよ」

孔子「いいこと言うな。来者に教えよう」

子貢「でも貧しいものは言うことを聞くのかなあ。富める者は妄想にすぎないと言うんじゃないかなあ」
「切磋琢磨という言葉は俺が考えたんすよ」

孔子「では、お前に言おう」

「後世恐るべし。今は誰も来ない若者でも、40歳、50歳になったらどうなるか分からない」
「治め方を知ったら、来者はお前を探すよ?」
「あいつはどこだ?あいつはどこだ?」
「これが政なり」

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