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2015年7月 9日 (木)

映画

映画とは、女性をもっとも美しく描くものだ。
モンスターバーグのナレーションで共通認識を作り、重要な部分をクローズアップ、フラッシュバックや編集技術を使う発想は画期的だった。
無声映画の時代に、動画に音声をつけることの劇的な効果を知り、同時サントラが現在では用いられるようになり、
「時が凍りつく」ことが映画の狙いとなった。
ケンドール・ウォルトンの透明仮説は、人間模様を透明化することにカップルが見に来る銀幕の意味を見いだした。
グレゴリー・カリーは、女が語る理想の男ではなく、猛獣の男を描くものをカップルは見に来るとした。
音楽と言葉によってナレーションはできている。
漫画の世界に聴衆を連れていくには音楽や言葉のナレーションが必要だ。
なぜ、フィクションの人物に共感するのか?
見ている人は彼らと同一化してしまう。美しく、勇敢で、情報に満ちている。
性差別の社会で何かを感じてもらうものだ。
まず、女性の魅力を描き、そのあとに男性の魅力を探求する。
日々の生活から自由になり映画に感情を委ねる。
あるいは、映画を見ているといい考えが浮かぶ。
男の運命に翻弄される女。
純粋な女が危険にさらされるが、誰も助けようと思わない。
ハリウッドとはおとぎ話という意味だが、人間社会をバラ色に描くことを特徴とする。
人間社会をバラ色に描きすぎると人間の本質を見失うというネガティブな評価がハリウッドに対してなされた。
しかし、発言力のないものたちの支持が必要だという前向きな発想もハリウッドにはある。そうすると社会の多数派の安定した統治が可能だとされる。
あるいは、バラ色の物語を批判してもらいたいという願いも映画制作者にはある。

見つめてあげたい/渡辺満里奈

1980年代に映画はルネッサンスを迎えた。人々に「これならば俺は完成されている」という満足感を与えることが分かったのだ。
どの風景が魅力的か?女の体がここにあった方がいいのか?を示したのだ。
なんだか映画を見ていると死ぬのが怖くなくなったし、製作側も難しいことを考えずに楽しんでポップカルチャーを作るようになった。
みんなすでにアリストテレスのフォーチュンプレイの弟子になっていて、男女が共に作り上げる営みになっていた。
女は美を競いあったし、男もどうすれば神を表現できるかを考えた。
評論する側が「これこそが神よ!」というようになった。
「美しい女を落とすためにはこうすればいいのか」を教えた。
シネマというのは「作られ、配給され、鑑賞されるシステム」全般を指す言葉だ。
シネマにおいては女は犯されたし、男の子はママがなぜ厳しかったり優しかったりするのが分からなかった。
絵画や音楽などの力を借りたし、ボードビルのような覗き見もやった。

作品のエンドロールを見ると、シネマのための「村」ができていることが分かる。
タルフォート監督は、監督こそがシネマでレイプが起きるか、子育てに支障を来すかを理解しているとした。
さらには、監督がすべての文学を表現するものだとしたのだ。
しかし、サリス監督にとっては、監督ではなくみんなで作ったものに名作が多く、一人の監督が表現したものはマイナーなものが多いとした。
タルフォートは、一つの作品を手掛ければ「労働とは何か?子供とは何か?女が富を得るために何をするか?女とは何か?」を知ることができるとしたのだ。

フィクションで何が起きるかを現場の人は理解しなければならないし、理想化して感情移入していることが指摘された。
美しく、勇敢で、知恵に満ちたものとしてキャラクターを見ているのだ。
「誰でもこうなれるのかな?」
キャラクターの運命を自分のものとした。
「女性差別の社会で女の開放はあるのかな?」
これだけを見ていたのだ。
男も女も映画で感情移入できるのは「女の開放」しかなかった。


スタンリー・クレイマーのこの作品は、黒人と白人のカップルを描いた。社会の安定を狙ったものだ。1967年。
Guess Who's Coming to Dinner trailer
25年後のスパイク・リーの黒人と白人の恋愛に関する作品は社会の安定というよりも、そのような社会のニーズを掘り起こそうとしただけだとされる。
Jungle Fever Official Trailer #1 - Samuel L. Jack…

・歌ってみた・ 一人ぼっち
【つづく】

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