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2015年5月30日 (土)

死の恐怖との向き合いかた

今日は違う一日の始まりだった。バーモントからロサンゼルスに来た。
十年間の訴訟から家族が解放された。
父が五十才の誕生日を迎え、彼の妻と二人の姉妹と三人の兄弟と私のフィアンセと私と姉夫婦と共に雪と泥と氷の世界から、
ロサンゼルスに一ヶ月の旅をしに来た。
ディズニーランド、シーワールド、サンディエゴ動物園。
金ならあったし、金の心配すら必要なかった。
この七年間、父とは親しくなった。
17歳の時、ジュリーというガールフレンドと暮らすために家を出た。
人生に友もなく、裏切りもあったし、私は彼らの人生から追い出された。
父が私のもっとも親しい友人になった。
私が勝ったり負けたりしたときも必要なときに近くにいてくれたし、二十歳を過ぎたら子供と両親の関係は友情に近いものになった。
訴訟に勝ったのがすべての旅行の始まりだった。
最初の一週間はディズニーランドにいた。楽しみにしていた。ディズニーランドに勝るところはなかった。
二十五才だった私も、まるで六歳の子供がアイスクリームを勝ってもらった子供のように嬉しかった。
次の週は、ハリウッドに行った。
そのあとサンディエゴに、最後の週はサンフランシスコに行った。
初日にプールとベッドのある部屋にチェックインした。
薬で眠り、朝、八時過ぎに電話で目を覚ました。
「ミッキーマウスに会いに行こう。電話は聞こえたか?」
「まるでドラムのようなノックだな」
お父さんが呼んでいるようだ。
食事をたくさん腹に詰め込んで、プールに行った。
3分の乗り物に二十分待つディズニーよりプールの方が楽しかった。
夜は部屋ですごし、三日かけて荷物をほどいた。
そして、ロビーで7時に待ち合わせしてディナーにすることにした。

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