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2015年5月17日 (日)

吉永小百合作品と医学の関係

「スーパーエロゲーション」
過度に人間に義務を課す思想。善であるが必要なものではない。
逸脱に価値を与える。
健康的な生き方を体系化したものではない。
カトリックの疑わしい例外がルター派やツヴィングリ派に批判された。
1958年にJ.アームソンによって「聖者と英雄」で理論化された。
旧約聖書において「良きサマリア人」が、苦しむ人を助ける情け深い人を描いた。
敵がいないのにやる必要があるのかとも言われ、医者に義務と限界、義務と価値を提示した。
行動と混乱の中に秩序をもたらす力が問われる。
新しい生き方の提示でもあった。
世界を描くのではなく新しい生き方を示したのだ。
混乱の中の法則は、反戦運動や借金を返済したり盗みを禁止したりすることに繋がるしイデオロギーであったし、
何をすべきか?という問いは、人生に正解はないということから「満足と暴力の基準」を示し、「~すべき」から「できる」へと人々の考えを変えた。
病人だろうが何だろうが「治める」ための戦力になる。
「一人一殺」のためには安い命が役に立つ。
魅力的なキャラクターの真似をしようとみんなが思う。
新約聖書の英雄物語において、イエスは「人生に意味を与えたければ最新の情報と接するように」と言った。
妻が夫に失恋しない。
旧約聖書は仲間を作る学問で、新約聖書は女性を自由の世界につれていく学問だ。
医者の言った通りになる。これで人々は許しあえる。
人体の法則を知る、これがイエスの教えだと信じていた。
より長く生きればより良い人生の終わらせ方ができるというイデオロギーがあった。
愛は敵だ。ひたすら患者の長生きのために尽くす。
神が作った人体の法則と医者との対話。
ルター派、カルヴァン派、英国国教会は、このような聖書の教えに従わない医者を糾弾した。
カトリックに末期患者へのたかり行為が横行したのだ。
誰にも感謝されない小さな仕事をコツコツとこなしていこうという思想がプロテスタントに共有された。
末期患者へのたかり行為、権力へ近づく手段として医学を用いるものへの怒りが宗教改革にはあった。
「守るべきルール」 「妹を愛するような気持ち」これをカトリックが失ったことが宗教改革の原動力だった。
「どんな人生が楽しいのか?」は医者が一番よく知っている。
「当直、当直。忍耐力」が求められる世界だ。
人生への許しを担っているのが医者だ。
よいことを行うのは義務、どうしていいか分からないことは許可、やらない方がいいことは禁止。
権力者の妻に過剰に薬を投与してやらない方がいいことをやる浅利みたいなのが聖マリアンナ(サマリア人)の意味も知らずに医者をやってるけどな。
「ひたすらやるべき」このときに英雄が生まれる。
三分診療は責められない。腕がよければそれで終わるからだ。丁寧で、よく考えられていればいい。
しかし、医者が自分の情報源に自信を持っていて「やるのが正しい」と確信を持っていた方がいいとされる。
英雄的思想というよりも学問なのだ。
頭がいい方が称賛される。これが医学であり、恐怖を克服したものも称賛される。
「何をしていいのか分からない」では困る。
「~すべき」から「できる」に変えていかなければならない。
まあ、医者も最後には義務だのなんだの言わずに、笑いながら医学をやっていくわけだな。
日活「愛と死をみつめて」吉永小百合・浜田光夫

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