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2015年2月 7日 (土)

スキュデリー嬢ーフランス宮廷サロンの恋愛事情

スキュデリー嬢は、育ての親から絵画や音楽、ダンス、文学などのあらゆる教育を受け、特にフランス人でありながらイタリア語とスペイン語は傑出していた。
フランス宮廷サロンで活躍し、恋愛に関する小説は二百万の単語からなり、世界一長い小説を書いた。
恋愛に関しては出尽くしているという指摘を俺も人から受けたが、
スキュデリー嬢は、レイプや強制的結婚など「恋愛における男女の力の浪費」という観点を指摘している。
彼女の業績を哲学の側が世界最高の叡知でどのように受け止めるかが問われる。
クレオパトラなど「歴史の中で沈黙している女性」に発信力をもたらしたのも彼女だった。
恋愛とは知性の権威というバベルの塔への挑戦であったし、人間の心の限界を超えているのではないかと指摘した。
恋愛における恋人たちの台詞はことごとく「自分を守ろうとしていた」し、美徳すら疑わしかった。
むしろ「誇りを持つこと」が身の破滅に繋がるのが恋愛の世界だった。
しかし、恋愛において男は「相手の話をよく聞く」ことを学習し、これは出世に繋がる。
また、女性は「優しさ」という恋愛の生死を分ける要素を学習できる。
女は外見的美しさに勝るほど心が磨かれたときに、美貌を失っても「栄光」を手にできるし、
男は「戦争宣言」の時を学習する。
恋愛とは戦いであり、勝利であり、征服であり、囚われることであり、奴隷になることであり、
敗北であり、歓喜である。
スキュデリー嬢の長ったらしい小説からいろんなことが分かったのだ。
栄光とは、日が昇るように現れるものであり、栄光を重視したキリスト教社会において、
恋愛とはまさに信仰に根差したものになった。
神聖さの中での「自らの弱さ」を知っていたキリスト教こそが恋愛の発信源だった。
宮廷サロンにおいては希望が必要だった。
国家がどんなに惨めでも宮廷サロンでは希望が必要だった。
しかし、それも叶わぬ夢だと悟った。
「優しさ」ひとつとっても複雑きわまりない概念であり、平和的に用いることができればいいが、
行きすぎると有害だ。
その限度を知ることが必要だ。
「怒り」というのは害悪以外の何者でもないが、正義に落ち着くこともあるのだ。
恋愛とは欲望の帝国であり、それらの発信源は各自の「気性」である。
気性によって人はそれぞれ快楽の感じかたが違うし、すべてを敵にしてもいいと考えるかどうかも各自の気性による。
恋愛心理学のキーワードが「気性」である。
垂加神道でもいろんな「知識」について語ってきたが、スキュデリー嬢は「経験」を重視した。
死は一度しか経験できないから我々は死についてよく知らない。
恋愛も、膨大な知識が周囲には用意されているが「経験」するのは何度でもできる。
「相手の話をよく聞く」「優しくする」あたりは核心となる知識だろう。

「相手の話をよく聞く」「優しくする」を「見つめる」と表現している。

Hiro ConfessionHiro - Confession PVを聞いてみてくれ。

神が作った宇宙の法則を知り、己の魂を知るのが恋愛であったし、
美しさとは何か?女とは何か?という学問に満ちているのが恋愛なのだ。
この宇宙の中でもっとも複雑でもっとも知的な人間というものを相手にする恋愛というものは、
神の存在を知るのに非常にいい効果があった。
また、自然の中に隠された「神聖な美しさ」を知るのにもいい効果があった。
ダンスは「星の動き」を真似ていたし、蝶の四つの羽はまさに奇跡だ。

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