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Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

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2015年2月

2015年2月 8日 (日)

光のマスター

松田聖子とゾロアスター教のアフラマズダを強引に結びつけようとして見つけた人物。

スフラワルディー。

スフラワルディーは、ゾロアスター教やプラトンの思想を背景にイスラム教スーフィズムを発展させた人物だ。
スーフィズムとは「夜中にランプを見て音楽を聴いていればいい」という思想だが、
スフラワルディーも「光のマスター」と呼ばれた。

考えることは皆同じだ。
Seiko Matsuda - 松田聖子 Rock'n Rouge, 1984年 武道館

彼の思想はなかなか明らかにはならなかったが、20世紀にアメリカで強烈なキャンペーンがなされている。
スフラワルディーは、ギリシャグノーシスや、ゾロアスター教に触発されたが、「神秘主義的である」と言われた。
しかし、彼はスピリチュアルな実践こそが知識を発展させるとしたのだ。
これらを基盤に欧米で行われた「コンサート」を日本に持ち込んだ連中がいたものと思われる。
スフラワルディーは、物・質・量・動き・関係の五つの要素を研究するなどしたが、
アリストテレス的な説明は複雑すぎるとし、人間のエッセンスをもっと直接的に体感することを重視した。
これはまさに顕教と密教の関係だが、アリストテレスをとるかネオプラトニズムをとるかの争いだった。
そして、その研究は「天使」をどのように生み出すか?という方向に向かった。
ここでゾロアスター教と強く結び付くことになった。
ここで、プラトン主義とネオプラトニズムの関係を明らかにしたい。
プラトン主義とは、現実の経験の中にイデア(真実に近い仮説)を見いだすものだが、
ネオプラトニズムは、いわば密教世界から何かを見いだすというものなのだ。
スフラワルディーは、光を探求するために物理学もやったし、認識論(どのような思考形態で光と接するか)も研究した。
光には意図的に作られたものもあるし天然のものもある。
また、光には上下の階層があるし横の繋がりもある。
「光の中の光」と呼ばれる強さを持つものもあるし、ミラーも有効だ。
光は知性という天使を生み出すし、政治にどのように活用すべきかも研究した。
権力は光の支配者だったからだ。

シュレーゲル、ロマンを定義した男

フリードリヒ・シュレーゲル

「美の向こう側」について論じている。
どんなに美しくても、どんなに才能があっても、愛の喜びは
「自由で対等な者同士」の間でしか実現しない。
美智子が清子を案じ、俺の才能を潰そうとしている背景にはこれがある。
ドイツロマン派がこれを明らかにしている。
シュレーゲルの経歴は実に興味深い。
絵画やゴシック建築を学んだあと、サンスクリット語やヒンドゥー教を学び、
オーストリアで兵役に服したときは反ナポレオンの新聞を出している。
そんな彼がロマン派へと舵を切った。
時代が「悟り」に熱中したあとは必ず「ロマンへ」と移行する。
今の日本も同様の展開を見せると思われるため、シュレーゲルから学ぶものは多い。
シュレーゲルは、ギリシャの詩を学び、モダンな詩と比較した。
古典的な詩は美しかったし、モダンな詩は面白かった。
彼が「ロマン」という用語の定義をしたのだ。
ロマンとは中世の文学の総称だった。
シェークスピアがダンテを語るのもロマンだった。
シュレーゲルは、詩が語る様々な「善」や、物事の「構造」を社会に当てはめる作業に没頭した。
この中から、美や才能にどれだけ勝っていても、愛の喜びは「自由で対等な二人」がいなければ謳歌することはできないとしたのだ。
日本国憲法もロマン派の影響を受けていることになる。
詩には有限と無限があったし、彼女の「過去の男」まで心配したらそれこそ恋愛は人間の心の限界を越える。
詩の核心をなすのは「皮肉」であることが分かった。
無限なものに対して人間は皮肉を言うのだ。
権力であったり、女性のバージンであったり、いろんなものが無限なのだ。
美の向こう側という議論で「自由で対等な者同士」でなければ愛を謳歌することはできないという指摘をしたら、
藤原紀香が「私がいけなかったのかなあ」と言っていた。
いつの時代にもある対立軸でね。
顕教と密教。
アリストテレスとネオプラトニズム。
ドイツ理想主義とドイツロマン派。

詩とどう向き合うかだな。
唯一の絶対的な法則は「自由な魂」にあるとシュレーゲルは考えた。
心のルール 穴井夕子 from 東京パフォーマンスドール

2015年2月 7日 (土)

スキュデリー嬢ーフランス宮廷サロンの恋愛事情

スキュデリー嬢は、育ての親から絵画や音楽、ダンス、文学などのあらゆる教育を受け、特にフランス人でありながらイタリア語とスペイン語は傑出していた。
フランス宮廷サロンで活躍し、恋愛に関する小説は二百万の単語からなり、世界一長い小説を書いた。
恋愛に関しては出尽くしているという指摘を俺も人から受けたが、
スキュデリー嬢は、レイプや強制的結婚など「恋愛における男女の力の浪費」という観点を指摘している。
彼女の業績を哲学の側が世界最高の叡知でどのように受け止めるかが問われる。
クレオパトラなど「歴史の中で沈黙している女性」に発信力をもたらしたのも彼女だった。
恋愛とは知性の権威というバベルの塔への挑戦であったし、人間の心の限界を超えているのではないかと指摘した。
恋愛における恋人たちの台詞はことごとく「自分を守ろうとしていた」し、美徳すら疑わしかった。
むしろ「誇りを持つこと」が身の破滅に繋がるのが恋愛の世界だった。
しかし、恋愛において男は「相手の話をよく聞く」ことを学習し、これは出世に繋がる。
また、女性は「優しさ」という恋愛の生死を分ける要素を学習できる。
女は外見的美しさに勝るほど心が磨かれたときに、美貌を失っても「栄光」を手にできるし、
男は「戦争宣言」の時を学習する。
恋愛とは戦いであり、勝利であり、征服であり、囚われることであり、奴隷になることであり、
敗北であり、歓喜である。
スキュデリー嬢の長ったらしい小説からいろんなことが分かったのだ。
栄光とは、日が昇るように現れるものであり、栄光を重視したキリスト教社会において、
恋愛とはまさに信仰に根差したものになった。
神聖さの中での「自らの弱さ」を知っていたキリスト教こそが恋愛の発信源だった。
宮廷サロンにおいては希望が必要だった。
国家がどんなに惨めでも宮廷サロンでは希望が必要だった。
しかし、それも叶わぬ夢だと悟った。
「優しさ」ひとつとっても複雑きわまりない概念であり、平和的に用いることができればいいが、
行きすぎると有害だ。
その限度を知ることが必要だ。
「怒り」というのは害悪以外の何者でもないが、正義に落ち着くこともあるのだ。
恋愛とは欲望の帝国であり、それらの発信源は各自の「気性」である。
気性によって人はそれぞれ快楽の感じかたが違うし、すべてを敵にしてもいいと考えるかどうかも各自の気性による。
恋愛心理学のキーワードが「気性」である。
垂加神道でもいろんな「知識」について語ってきたが、スキュデリー嬢は「経験」を重視した。
死は一度しか経験できないから我々は死についてよく知らない。
恋愛も、膨大な知識が周囲には用意されているが「経験」するのは何度でもできる。
「相手の話をよく聞く」「優しくする」あたりは核心となる知識だろう。

「相手の話をよく聞く」「優しくする」を「見つめる」と表現している。

Hiro ConfessionHiro - Confession PVを聞いてみてくれ。

神が作った宇宙の法則を知り、己の魂を知るのが恋愛であったし、
美しさとは何か?女とは何か?という学問に満ちているのが恋愛なのだ。
この宇宙の中でもっとも複雑でもっとも知的な人間というものを相手にする恋愛というものは、
神の存在を知るのに非常にいい効果があった。
また、自然の中に隠された「神聖な美しさ」を知るのにもいい効果があった。
ダンスは「星の動き」を真似ていたし、蝶の四つの羽はまさに奇跡だ。

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