最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月20日 (土)

曼陀羅

1414804909219.jpg

アメリカの行政学

フーバーコミッションは、天皇から内閣総理大臣、厚生労働大臣、神奈川県、病院長、看護師長、看護師までの縦のラインの心理学は生きているとした。
光太郎の教義第一。
「看護師」女はセックスするときいつも本気なんだ。誰がお前らを救っていると思っているんだ。
ribbon - 愛してJustice
「女はお外へお外へいくもんだ。自分で道を選ぶもんだ。男は攻撃的な政治をする。お前、攻撃的だな」
その攻撃性がイデオロギーになるとこうなる

行政組織とは何のためにあるだろうか。たとえば、池に石を一度だけ投げるとしよう。どのような波紋が広がろうと一度きりの処理ならば民間にまかせておけばいい。
しかし、二度三度投げるのであれば、さらにはもっと永続的に投げるのであれば、組織を行政部門に設けなければならない。これが行政組織だ。
国歌「君が代」
行政部門にはさまざまな行政需要が集まる。それからおのずと組織の目的は定まる。
車の通っていない横断歩道でもし立ち止まっている人がいれば我々の仕事がうまくいっているということだ。
職場というのはお互いに顔見知りのメンバーで構成されている。
超巨大な仕事で15のフィールド、小さな仕事で3のフィールドを監督するのが上司だ。これは誰の業績かを明らかにするためのものだ。
野球レベルで9のフィールドだ。そのフィールドでいろいろなコミュニティができるのがピラミッド構造だ。
国同士の戦いならば将軍は旗と太鼓を見るが、下の方では人間を見る。
また、職場を移ってもらうときには、今までやってきたことをできるだけ多くもっていってもらうという発想が必要だ。
さらに、上司の命令は絶対だと思わせるためには体育会レベルからの教育がなされている。不況の時には役所はリクルートメントは強いが、好景気の時のためにリクルートメントチャンネルを確保しなければならない。
組織には誰の指図もうけない指揮官がいて、コーディネーターがいる。誰の指図もうけない指揮官は、複数のユニットが仕事をするために必要だ。
行政組織は、その存続のために議会や政府にその活動を説明しなければならず、そのために公開情報と、非公開情報を分けている。
個の目的と組織の目的は一致しないものだ。しかし、個を注意深く見ていくシステムが必要がある。
人が従う理由は自信があるからだ。ルーズベルトはアインシュタインのアドバイスで核開発を始めた。物理のことは素人でも信頼できて自信のある人に従ったのだ。
人々はどのように振る舞うか、どのように組織を動かすか、どのように有効に編成されるべきかを生物学にさかのぼって探求する。組織は出来ることから増大する。
組織を作るのには、社会科学や自然科学ではなく、生物学や医学に注目した方がいい。「事実と価値の処理」正しい価値のシステムというのが組織に出来上がる。
組織編成のスキルというのは、その領域における知識であるとも言われる。「より良いものを薦める」ことであるともいわれる。
組織のガンというのは生物学的にアプローチした方がいい。
他の人をうまく動かすには結果をうまく予測して示さなければならない。
不確実性が高すぎると人は思い通りには動かない。価値を等しく皆に与える結果を示して動かしていく。知識や学問ではない。群れを動かすサイエンスはここにある。
企画立案は生物学・物理学で行う。
時には「企画立案」は、政治的スローガンとして用いられるし、将来の予測、編成、集団主義を意味することも多い。
心理学に頼る場合は、プロパガンダや教育、報酬と罰によってなされる。
しかし、心理学に頼るよりは、物理学、生物学的法則にしたがった方がいい。
確かに抵抗はある。
慣れや信じていたこと、個人的利益や合理性、従いたくないなどだ。
コントロールできない要素が企画立案をダイナミックなものにする。
「食べる、飲む、寝る」は制御できない。
その他の「中間の振る舞い」は制御できる。

「人物相関図」
有効・敵対・あいまい・一般・さらには問題が生じそうな場合に関係をより定義する、という五種類の関係がある。
政治的には強くて統制されているものほど得るものは多い。
誰もが友人で敵がいない人などいない。政治コミュニティーでは当然だ。
「いかに敵を中立化させるか?」が大事であり、「みんな生き残りたいと思っている」という心理学を最大限に活用する。
目的やアイデンティティー、昇進などで妥協点を得ていくし、人間は案外ご都合主義的に妥協してしまうものだ。
我々は市民としての不名誉や恥を恐れているのであり、幸福と美徳(混乱の中に法則をもたらす力)をより良く理解しているのが政府でなければならない。
精神病院を政治的に利用するなど論外だ。
アナーキズムとは「無政府主義」ではなく「納得できるルールに従う」という意味だ。
ルールだから従うというのではなく、ルールに説明を求めている。
人間の動かし方:金やモノ、名声、権力、労働環境(清潔さ・十分さ・個人のオフィス)・労働者としての自覚・家族サービス・愛国心・宗教・組織に参加したい、馴染みたい・大規模プロジェクトへの参加。
をうまく活用して組織を動かす(バーナード)。
ローカリズムとは独裁の嫌悪と権力への欲求である。
どうしようもない者が政府に侵入し、金をばらまく。
ファイル部門、タイピスト部門、プログラム部門に分かれ、外部の敵や、知識や共有、保守かリベラルかの連帯感、旗などのシンボルを用いて団結する。
卓越こそがリーダーであり、インテリジェンス、トレーニング、経験が求められる。
「彼らの言語を話す能力」が求められ、価値を分かち合うのと同時に、フォロワーへの感受性が必要となる。
権威にしたがっていれば個人の資質は問われない。
「カンファレンス」
発言者個人の違いに注目するし、重要でない仕事のスタッフを減らしていく。
リーダーは連帯感を要求するので反論は黙殺されやすいが、我慢すると居心地が悪くなる。
チーフは大きな仕事をしたいので「文句」を言わせたいが、無意識や非合理性の中で満足感で測定されるものが多い。
「ブレインストーミング」
アイデアと解決法をまとめるためのチームを作る技術。
確立されたものを打ち破る。
セッションの間はアウトプット(公表・リリース)はしない。
面白いアイデアを見つけ、古いアイデアを殺していく。
自分たちのビジネスとそとの世界で起きている出来事の溝に大きなアイデアがある。
セッションの時に組織の外から人を招いて話すことが重要だ。
サプライサイド、ライバル、尊敬する人などの話を部下によく聞かせる。
新しいアイデアは、しばしば古いアイデアを二つ三つ組み合わせてふるいにかけて作られる。
リスクをなくし、状況に対応し、間違いから利益を得ることが重要だ。
内部や外部の様々な経験を新しいアイデアに使う。
ビジネストレンドを知るためには、お客さんには、ブログや新聞、ビデオ、ソーシャルメディアなどから偏見のない考えをまとめておいてもらいたい。
コンテンツマーケティングとセールス戦略は、ターゲットとなる聴衆のニーズに合わせて個性を持たなければならない。
お客さんの意見を聞いたセールストレーニングは実行されなければならない。
すべての職員はマーケティング努力のために訓練されていなければならない。

病気・怒り・空腹・フラストレーション・幸福・悲しみなどがあり、
9時から5時までの間に何が成功で何が失敗かは案外はっきりしない。
火事になった家を消防士が屋根に穴を開ける作業は素人にはできない。
人はそのときにできることは限られているがやるべきことはたくさんある。
大事なのは「適切な」作業をすることだ。
そのためにはよく訓練されていなければならない。
上司の命令を聞くか、それを嫌うかなども職務の遂行に関わる。
上司が非合理的な理由で怒ると部下が出世するかどうかがわかる。
不本意なところに飛ばされるやつが一番出世する。
我慢するやつは階級や身分を求めるが天井は低い。
社会性をもって対処するものもいれば、衝動的に仕事をやめてしまうものもいる。

事実の前提:スキルと知識は分けた方がいい。スキルと知識はトレーニングする。
情報は軍事組織でしか発達しない。

「他者への影響力の与え方」
スキル、知性、性格、個性、人生経験などを背景に影響力を行使する。

攻撃性に影響力を与える幼児体験まで研究する。
行政組織の内部化されたリアクション、人格を形成した経験や、いい結婚、悪い結婚などから派閥を作る。
組織化後もいろんな感情が芽生える。

今までやってきたことを続けることは予算の確保や新体制への批判を和らげる。
さらに物事を次世代に繋げる。

組織に属すると、彼は人と話すし、彼も人と話す。
好ましい方向に組織を導くためのリアクションをする。
豊かな土壌から忠誠心が生まれる。
組織は「何が怠惰か」「何が注意力不足か?」「何が無礼か?」をそのメンバーに教える。
「よく考えられていて」「合理的」これがオフィシャルという意味だ。
合法的とは、議会によって祝福されたという意味である。
すべての振る舞いを自由に行うとオフィシャルでない行動がある。
よく考えられていなかったり、矛盾があったりする。
スルーチャンネルを通じて公式なやりとりが行われるが、オフィシャルでないチャンネルも使用される。
罪の意識がともなうような物事も処理されるようだ。
人が集まれば交流するし、お互いのプランに影響を与えあう。
非公式なプランが交流することもある。
職場では限られた人々としかコンタクトしないし価値をもって、外からも価値が攻撃される。
「私たち」そして「彼ら」という感覚が根付く。
シビアなフラストレーションの前に一気に士気が下がる。

夜勤の警察官が一晩中レストランでパイを食べて数時間しかパトロールをしないのならば忠誠心は生まれない。
紛争があってこその仕事であり、友情の基盤である。
紛争こそがリーダーの力量を示す。
社会的孤立をしないこと、アウトプットの適切な調整、年配者に従う、上司の引きがあるなど。
価値とは何か:有言実行、流通の促進、救済(サルベーション)、消費者保護。
首脳はひたすら「インストラクション」「メモランダ」を作り続ける。

年配者から若手に、企画立案から実現へのコマンドがいく。
価値に関わる領域をセンシティブゾーンという。
「どのように価値は守られるか」
コミュニケーション、士気をあえて下げる、クリーク(違法な連中)の人事、辞職のアナウンス、魅力的な他の選択肢を示す。
クリーク(違法な連中)は、違法だが、やり方は組織の王道だ。
リーダーは組織の存続こそが最高の満足であり、組織は案外柔軟性があり、ご都合主義的だ。
グループに判断や見解をゆだねるのが行政組織の基本だ。
士気の低下こそがいかなる要因にも優越する。
組織の考えのセールスマンが必要だ。
官である以上、プライベートセクターよりヒューマニズム色が強い(執行部への忠誠心)。
前執行部が求められていたのと同じプレッシャーを次世代執行部は与えられる。
これが次世代執行部にどれだけ豊かな影響を与えるかは計り知れない。
参謀幕僚が人材交流に有効だった。
狭い分野で団結したがるのが組織だ。
「トップフロア」「フロントオフィス」がリーダーの仕事場、職場の基本だ。
サイドtoサイド、バックtoバックに席を配置し、近くの人と共に働く。
組織の「企図」の外にいるリーダーを「トラブルメーカー」と呼ぶ。
組織の不満を刺激しやすい。
上層部の影響力は意外と弱い。これが、ここ20年ぐらいで発見された。
どこで何が行われているかのコーディネーションが必要であり、把握しきれなくなる点をブレイキングポイントという。
200名のファーストレベル。
40名のセカンドレベル。
8名のサードレベル。
(1000名規模の組織)
コーディネーション、神経、限界。
異なるスキームが考案されるから組織を分ける。
なぜ、どのように分けたか。結果の予測性が必要。
1週間で300文字の処理。判断タスクとマニュアルタスク。タスクの束で分ける。

日本人は、命令にしたがいたくない、勝手にやりたいというメンタリティーを持っている。
ドイツは書面にしたがいたがる。
アメリカ社会はアナーキズムで、したがわないことを美徳とし、それでいながら他者の権威を承認することが期待されている。
いくぶんか距離のある人に抵抗することが好きだ。

地位に応じた仕事をさせる。チーフが家具をどかすことはない(命令されることはない)。
どんな不況下でも清潔が好まれるのが効率性だ。
【行政手続法違反】許すまじ!水産庁、尖閣諸島実効支配妨害[桜H26/11/3]
「もっともっと」その場所で物事がよくわかるようになるまで前に行くな。
われわれは社会で育つのが困難であり、しばしば痛みをともなう。
人格に大きな傷を残すこともある。
社会が彼に与えたものとの争いがここに起きる。良心に内面化されてしまうことが多い。
良心に内面化すると罪の意識が芽生えるために他のチャンネルに救いを求める。
敵が多いと予算が下りにくいが、静摩擦がむしろ予算を確保する。

仕事をする上では出来事への対処への「公理」が明らかでなければならない。
備品を新調したければ「どのくらい使用したからだ」「どのくらいくたびれたか」「ルールはあるか」が問われ、これだけ使い込んだのだから買ってくれ、と予算部門に請求する。
人間は意識と理性(混乱の中を法則をもたらす力)に興味がある。
これは男らしさでもある。
価値の前提。
①組織の目的。
②効率性の公理。
③フェアプレーの規準。
④判断の重要性。
考えるときりがないから「せいぜい健康的にやる」というのが組織の目的。
費用対効果は組織のサイエンス。

地位の病理学。
トップダウンを強調しすぎると部下の方がよりよい判断ができることがあるのを忘れる。
専門外のことに影響力を及ぼす。
自分の能力と地位の調整が難しい。
天才的リーダーの存在や不存在に会社の成功や失敗がかかっているというのも誤解だ。
カリスマ的リーダーも一連の考えがフォロワーによってシンボライズされていることが多い。

絶対的権力は絶対的に腐敗する。
地位が固定されると批判が困難で、判断などの現実的な評価がなされず、虚像と実像が孤立化することをいう。

他の分野の専門家や学者が本当に「できる」のならばいかなる分野であれ組織の戦力になる。
ヒエラルヒーはすでに社会に存在し、それを組織に持ち込める。
仕事の処理に使えるし、どこで何が進行しているかがわかる。
問題が解決できる。
大きな仕事はセグメント、コンポーネントに分けて下部組織に委ねる。
陸海空軍が問題の解決能力を争い、予算を奪い合うのが組織だ。
上層部は、抱える問題のフィールドの広さが違い、アンパイアの役割を持つこれが予算に繋がる。
組織は「自信の所在」が複雑だ。「友達が多い」「法律サークルに属している」などだ。
「命令の統一性」組織のチャンネルにはこれがあるとされるが、もっと自信のある人がいたり、いろんな複雑性から、
命令の統一性とはフィクションに近いのではないかとされる。
いかに簡単に情報にして、いかに簡単に命令を行わせるか、情報と命令の流れがある。
フォーマルトランスミッション:誰から誰宛にを明確にする。報告書を送る。これに非公式な情報が補完的に用いられる。
上司が「何か面白い話はないか?」といって公式な情報を入れる。
告知・通達・指導・助言など、地位に応じて公式な情報の上げ方が違う。
非公式な情報はゴシップレベルで使われ、地元の交通に関しては警察が外部内部のコミュニケーションを巧みに利用して需要を拾っている。
人間は他人のイメージを「生々しい」あるいは「良くない噂」で固めていくとされている。
コミュニケーション障害がないのに出来ないことがあれば政府の問題だ。
伝統があって政府のフレームワークにしたがえない連中がいる(住宅問題など)。
圧力団体・集票マシン・政党のリーダーシップ・ロビー団体・新聞が政策を練り上げる。
民間の専門家が政府に行政需要を教える。ヘレン・ケラーが、盲人に関する行政需要を政府に教えた。
13ヵ月カレンダーやエスペラント語が受け入れられなかったのは人々の支持がなかったからだ。
行政需要もサポートが必要であり。立法化に至るまでには知的、あるいは理想主義を支持基盤として支持の拡大が必要となる。
戦争と不景気の時に政府は拡大を続ける。
今までのプログラムとのバランスが静摩擦として課題になる。
世論の支持があれば資金面でのバックアップが得られる。
TVAをテネシー渓谷に押し付けてもコミュニティーの反発があり、ニューディール政策の基本哲学が譲歩を迫られた。
政策が安定するように仕事の割り振りを決める。
旧来の政策も対抗勢力がいたり、次の政権が生じるために予算が下りる。
柔軟な仕事(マシン)ほど休憩(チェンジオーバー)を必要とする。
単調な仕事(マシン)との違いはチェンジオーバーにある。
目的・プロセス・クライアント・エリア(領域)によって専門を分ける。
そして、仕事の難しさとこの専門が向き合う。
組織の仕事は最初から明らかであるわけではない。やってみてわかるものだ。
マーシャルプラン(1948年)では、警察部門の必要性がのちに明らかになっている。
組織をチェンジするためには理想を語るよりも影響を語った方がいい。
コントロールと説明が議会と執行部の関係だ。
すべての経験を生かせるのがボトムアップだか、チームワークはトップダウンという「権威のライン」によってもたらされる。
権利・義務、つまり「したがう」ということがチームワークを作り上げる。
しかし、法律学ではなく心理学がチームワークなのだ。
この場面でバントはないだろうという場面でこれを命じるには博士号が必要で、これを権威と呼ぶ。
コミュニケーションを成立させて人を動かすが、受け止める側が健康でなければならないということは理解してほしい。
職場には無数の選択肢がある。
「自信がどこにあるか」を特定することをカリスマと呼ぶ。組織の存続を決めた者。
詳細を見直して上層部が不愉快なことに罰を加える。これもチームワークに繋がる。
ディテールのレビュー(詳細の見直し)なく高官に罰を与えると敵対的キャンプができる。
人々はゲームのルールにしたがうべきだと考えており、これを正統性と呼ぶ。
成熟していることも正統性に繋がる。
紛争を解決する方法が明確であること。そして、承認してくれる世界。
優れたものに劣ったものがしたがう。
其のようなヒエラルヒーは社会に必要ではないのではないかという点も問われなければならない。
ステイタスシステム。
①アポの取り方。②記章。③名称。④報酬。⑤電話制限(スクリーン)
サイコロゲームを部下の前では行わない、汚い言葉を使わない。
CAF13(12:15まで食べていい)、CAF14(12:15から食べていい)。
権威にしたがえば個人の資質は問われない。正しい振る舞いと信頼感。
権威を実践するものが判断し、人々はそれにしたがう。判断するのはスペシャリストだ。
組織はスピードアップを恐れるものだ。クビになる人がいるからだ。
人間は「悪い噂」でその人のイメージを固めていく。
情報が思い通りに狙った人に届くかどうかという研究は軍事組織でなければ発達しない。

削除

2014年9月 6日 (土)

スターの身内

一人のスターが身内から出ると、身内は同じ空気に包まれ、パレート均衡を求めて行動する。
この「均衡」の作り方が難しいんだ。
このパレート均衡を求めて行動する動きを、マルクスは階級闘争と呼んでますが、同じことを言っているのです。
我々は空気は共有できますが、お金は共有できません。
お金を共有するためのロジックが必要なのです。
そのために、できるだけいい空気は提供しますが、後の世代の育成のためには「勝手な行動」をとってもらいたいのです。
国家は我々全員からお金を盗めます。
だから逆に、誰からも盗めないのです。
だから泥棒も罰を受けるし、国家が必要な理由です。
そして、その国家がお金を分配してくれます。
コーヒーは飲みたいやつに飲ませろ、といいますが、身内が何を飲みたがっているかは分からないのです。
スターがスターでいられなくなる瞬間とは、どれだけ人々を誤解したか?にかかっています。
身内にせよ外にせよ、どれだけ人々を誤解したか、で、離れていくのも支持するのも自由なのが今の日本です。

2014年9月 3日 (水)

深い「道徳」の話

倫理というのは、自分にとって健康的なことをする、という意味だが、道徳というのは他の人間が私に与える負担(山)のことだ。
山があれば、それを横切らなければならないから道徳の研究をする。
人間は自分に「生きろ」という命令を出している。これが道徳の発信源だ。
『アウトレイジ ビヨンド』5分特別映像 スタンフォードにも「Moral 」という検索キーで引っ掛かる論文は多い。
カントは、人にされて嫌なことをするなと言ったし、ロールズは、自分の力をミニマムにすればわかる、と言った。
でもスタンフォードは、いきなり「山を横切る方法なんてあるんすか?」という懐疑論から入っている。
奥の深い研究なので時間をかけてやってみたい。

倫理と道徳は深いね。
道徳に関しては、「誰も何も知らない世界で」他者は障害物にならざるを得ないのではないか、という問題意識がある。
同意できないことがあるから道徳という議論が生まれる。
他者が同意してくれたときの喜びがあるから、壮大な道徳の研究の地平が開かれた。
我々は常に他者の心や信念、誘惑と向き合っているのだ。
そのなかで、実践したり喧嘩したり、格言を残したりする。
好き嫌いは「山」の発信源だ。
あるいは、ナイスガイであれば道徳など関係ない、という人もいる。
さらには、自分の敵にあえて、他者が障害物にならない方法などない=道徳に正解などない、ことを証明させようとする人もいる。
役割を果たすことも敵をなくす。
しかし、たとえば子供を虐待するとすべての人を敵に回すことから、なんらかの公約数的な格言は得られるだろうという人もいる。
人々は、あることを信じることにより正当化されているものがある。それが妥協できなければ邪魔しあうしかないではないかとも言われる。
これらを逆手にとって、我々を対立させる悪魔がいる、という格言は成立するのではないか、と考えた人もいた。
また、自分が信じていることにより正当化されているものが、他のものからも正当化できる場合は簡単に「宗旨替え」できるのではないかというニヒリストもいる。
あるいは、自分が属する母集団によって邪魔物の数も違うだろうとする人もいる。
また、自分に同意しない人にそれぞれ別の対処法を考えようという発想もある。人類学というのはことなる価値観に魅力を見出だす学問だ。
価値観の違いを熟知しているということが重要だし、忍耐強さも求められる。
価値観の違いは、単に「情報の違い」からもたらされていることもあるし、そもそも「自分にとって健康的なこと(倫理)」が違うことに根差していることもある。
道徳に関しては、相手によって対処法を考えようという相対主義は、道教の荘子も認識していたそうだ。
中国の思想もすごいが、スタンフォードもよく見てるなあ。
これを出発点に「何かを学んでいく」のが道徳の研究だ。
我々は「賢く振る舞いたい」という本能があるからこの学問が成立する。
また、「できれば明確に格言を示してくれ」という欲望も人々にある。
カントは「他人を尊敬していない人は自分を尊敬していない」と言った。
豚に真珠を与えるなかれ。足で踏みにじって歯向かってくるだろう。
というのは、「何も知らない人」に対しては道徳の学問が成立しないことから、何も知らない人に「悪魔」の本質を見いだすものだ。
悪魔がいると学問が困難になる。
それも含めて道徳なんだが。
「知っている人」は大人だなあと思う。
俺はスタンフォード哲学百科事典を読んで、彼らがどれ程厳しいスポーツをやっているかを理解している。
しかし、その「アメリカの正義」を知らない連中がいるのも事実だ。
膨大な研究の蓄積があり、英語ができるやつに協力してもらいたいのだが。
結局、他者が障害物でなくなるためには、
サイエンスからのアプローチ(ナチュラリズム)
感情からのアプローチ(ノンナチュラリズム)
宗教をあわせる(スーパーナチュラリズム)
が考えられる。
経験、趣味、宗教をあわせても、内部で対立が生じるだろ。
これを、モラルリアリズムという。
Moral naturalism
Moral non naturalism
Moral Realism
に関しては、スタンフォードに論文がある。
誰か簡単に要約してくれねえか?
基本的には、経験、趣味、宗教のいずれにおいても、
「痛みを発する人間は誠実だ」
ということだ。
なぜ、趣味の共有により邪魔者をなくすことをノンナチュラリズムと呼ぶかというと、人間が向かう「善」が人工的に作られていることと、サイエンスによる探求が可能なのではないかということから、単なる経験の共有と区別されるらしい。
経験がある人もいると思うが、一流大学に合格したり、特定のポストを手に入れたりすると、一時的に敵がいなくなるだろ。
このことをモラルラックと呼ぶようだ。
スタンフォードの Moral Luck という論文も研究対象に含めたい。
出世は我々の強烈なモチベーションであるが、我々には制御できない要素で判断されることが多い。
しかし、結果だけ見てしまうと背景にある「運のよさ」がわからない。
全人類平等主義からモラルラックは批判されるし、カントも道徳(山)を、幸運とは無縁のものとした。
道徳というのは「罰」を伴うものだ。
安室奈美恵が「ルール」という言葉を多用したのとどう関係あるのかね。
安室奈美恵のBreak the rules を聞く限り、この国で大きな仕事をしようと思うな、と言っているように聞こえる。

モラルナチュラリズムは、経験を共にするという観点から、
我々は、好きか嫌いか、怖いか避けるか、欲望をもって求めるか、ぐらいしか考えていない、とした。
それが趣味や宗教より大事だ、としたのだ。
これに対しては、何ら知識が得られないのではないかという指摘がなされた。
しかし、経験を共にすることに善や幸福があるとした。
この立場への批判に我々は実に一世紀も費やしてしまった。
なにしろ「そのままがいい」という女が本当にいるのだ。
アリストテレスは、日常会話において「良いこと」の役割の重要性を理解していたし、「すべき」が、期待していることやアドバイスを示すことを指摘している。
また、Aという物語を聞きたいのにBという物語を聞かされたときも話が盛り上がる。
子供が猫を虐待した、STAP細胞はなかった、などだ。
お互いが持っている「良いこと」がホメオスタシスの状態を求めているという仮説もある。
また、どうしてもたどり着けないEという結論の周辺で、D1.D2....という話が盛り上がる。
今のとある業界では「雅子さん離婚しないかなあ」よりも、「秋篠宮さま天皇にならないかなあ」が、どうしてもたどり着けないネタとして盛り上がってる。
また、できるだけ多くの人の考えを包摂し、顔をたて、励ますような言葉が必要だとする人もいる。
これらのことから、悪意に満ちた集団よりも、善意のある集団に属した方が「良いもの」にフリーライドできるとも言われる。

しかし、経験の共有だけでつるむと、間違ったことすら良いとしてしまうことがある、と批判したこともある。
だが、女性は「色」「誰々に似ている」だけで話題が持ってしまう。
俺のいる病院でも、出来事を語ることを好む人(ナチュラリズム)と、うんちくを好む人(ノンナチュラリズム)の二つにわかれる。
経験の共有も、趣味の共有も「楽しいから」という点においては大差ない。
抽象的概念を用いて演繹法を使用するのが趣味の共有だとも言われた。
しかし、善は趣味においてのみ存在し、いろんな議論に対してオープンだというのがノンナチュラリズムの立場だ。
この「オープンである」というのがノンナチュラリズムの本質であり、人々の動員力がナチュラリズムとは異なる。
結論の出せない議論(Open Question Argument)に周囲を巻き込むのが大事であり、閉鎖病棟ではトランプなどがどれほど有効かを知らなければならない。
快楽を基盤にするか、善を基盤にするかの違いがある。
経験の共有は快楽に基づき、趣味の共有は善に基づく。
快楽とは、人間が寝ている間に体から心へとボトムアップされる物事であり、趣味の世界の「善」とは異なるものだ。
どちらを狙えば他者が障害物でなくなるかは人それぞれだ。
また、経験も趣味も直感で感じよう、とする人もいる。
趣味のもつ概念が経験の世界でも有意義だとするのだ。
経験を共有する場合は形而上学の世界になるが、
趣味や宗教のように「オープンである」世界では、必ず「痛み」を感じる人が出てくる。
そのために、なかなか他者を障害物にしないというわけにはいかない。
道徳というのは「他者が障害物にならないようにする研究」だが、どうしても敵を作らざるを得ないときがある。
たとえば、裕福な家庭のお年寄りの奥さんから、貧しい家庭(朝鮮人だとしよう)の奥さんがお金を借りるケースがある。
時には「人生相談」と称した。
このときに、「できる」ということと「すべき」ということの違いがあるが、「できる」ということからお金を借りて遊びに使って借金を踏み倒してしまった。
このときに、裕福は家庭の方の奥さんの息子は怒るだろう。
復讐することも「できる」し、「すべき」という問題と直面する。
復讐したら今度は自分が敵を作るかもしれない。
このことがMoral Dilemma という論文に書いてある。
お金の貸し借りというものが道徳の世界を豊かなものにしたのだ。
「殺すな」「盗むな」という問題がまとわりつくのがお金の貸し借りなのだ。
複雑に動く人間の直感と感情はあらゆる学問を凌駕する。
まさに、文学の作り方の基本はこういう事案を知ることにある。

魅力的なキャラとはなんだろうか。ナイスガイであれば敵はいないと言われる。
キャラクターの語源はコインに押された刻印から来ている。
キャラが立たないとアイドルも生き残れないとされるが、「人間がどのように繁栄に繋がるのか」という研究だ。
こういうやつと関わると人間が伸びないな、という奴がいる。
ギリシャ哲学の時代から「人間の繁栄に繋がるキャラ」というのは議論されてきたのだ。
美徳というのは「混乱のなかに秩序をもたらす」力を持つ。
自分のささやかな満足のために他者を攻撃したり、勝つ見込みのない戦いに立ち向かったりするのは美徳ではない。
本当に自分が影響力を持ちたければ美徳の研究は避けては通れないのだ。
「男に二言はない」「言行一致」なども、自分が影響力を増すためにアリストテレスが考えたものだ。
若者は、世界の美しさを知り、宇宙がどのように出来てるかを学ぶ。
それは文系でも理系でも同じだ。
神は自分に似せて人間を作った。だから我々はアドニスのために泣ける。
アリストテレスは美徳を理性との調和に求めたが、ストア派は、「他者も自分と同じであること」に美徳を見いだした。
自分がなにかを成し遂げてもそれは自分の業績のみならず他者のものでもあったのだ。
音楽が発達し、政治コミュニティーが最後の審判を恐れなくなると、政治に革命が起きた。
グロティウスは、美徳に縛られる必要はないと指摘したし、カントは強烈な「自律」に影響力の基盤を見いだした。
自律により影響力を増す基盤には人々の「感謝と同情」があるとしたのだ。
ヒュームは「自分の所有権の安定」を守ってくれる者に影響力があるとした。
マルクスは「自分と世界の仲たがい(疎外)」を解消してくれる者に、ミルは、「より高度な快楽」を与えてくれる人に影響力があるとした。

最終的には、ドゥオーキンも「他者を認める」ということに尊厳を見出だしているが、その辺りは各自が経験で感じてほしい。

ひとつの領域に精通している人(パティキュラリスト)と、満遍なく知っている人(ジェネラリスト)のどっちが敵が少ないだろうかという研究がある。

パティキュラリストの方が混乱のなかに秩序をもたらす方法(理性)や、モチベーションで上回っているのではないかとも言われる。
なかには、チョコレートのトッピングに詳しい人の方がいいという人もいるだろうが、世間の統制はルールによってなされるし、ルールの背景には原理がある。
どちらがいいかは激しい議論がある。
「余人に変えがたい」人というのは道徳の世界では完全勝利だとも言われる。
また、物事の一貫性のない人間は卑怯な手を使うとも言われる。
ジェネラリストは、いろんな世界で「人と同じこと」を共有しているだけだが、パティキュラリストはそのような心配はしていないとも言われた。 
しかし、ジェネラリストからは、「反証例を突破したすべてのテーマを網羅している」と主張された。
ジェネラリストからはさらに、常に最高のものを相手にしている、誰にも迷惑をかけていない、お約束は守っている、などと主張されたが、
反証例(カウンターエグザンプル)を突破したというほどの説得力はなさそうだ。
また、ナチスが拷問しなかったのはジェネラリストではなくパティキュラリストだっただろうとも主張された。
パティキュラリストは、その筋では他者とはまったく異なる絵を描けるのだ。
【研究途中】

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »