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2013年1月15日 (火)

笑いの哲学~続編

「盛り上がりと盛り下がり」
盛り上がるときと盛り下がるときというのは「ワンサイド」のものであり、行ったり来たりするものだ。
一度盛り上がって盛り下がり始めると、どんな天才でもその流れを取り戻すのは難しい。
盛り下がる局面で必死で盛り上げようとする人すら笑って見物していればいいのがテレビというものだ。
「笑い」
笑いというのは、「~すべし」に逆らうことだ。
局面によって「~すべし」はコロコロ変わるし、それを敏感につかんで逆らい続けなければならないのだ。
盛り上がりと盛り下がりは行ったり来たりするワンサイドなものであるが、その空気の中で「~すべし」を敏感につかんで逆らうのだ。
それだけをテレビで見るだけでも面白いのだ。

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