最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« ガンダムの哲学 | トップページ | 「観音さま」は聖徳太子の化身 »

2012年12月22日 (土)

ロータススートラ(法華経)と日蓮

ロータススートラ(法華経)の意味
ロータスの花というのは最も美しい花であり、それを語ったスートラが法華経だ。
たとえ世界が汚染されていても白い花を咲かせる。
それは真理ではなくとも不朽のものであり、結局、仏教はそこに収斂して行くものと考えられた。
ブッダが、インド北部の山で8万人に囲まれてロータススートラを唱えた時に、世界で8万人だけが光に包まれた。
これがロータススートラの意味だ。
立正安国論
日蓮が北条時頼に献呈した書物だが、内容は、旅人と先生の対話だ。
旅人が世の中の天変地異への不満を先生に語る。
先生は法然の浄土宗を批判した。
旅人は「法然を批判して殺された人を大勢見た。お前も気を付けろ」と言う。
先生は「間違った法が跋扈した事例は中国で山ほどある」と主張する。
旅人は「仏教は複雑すぎてよく分からない。有名な経典を引用してくれ」と言う。
先生は好きな部分を引用する。
結局、立正安国論のテーマは「天変地異と正しい法」を語った書物だと言っていい。
ロータススートラの記述は興味深い。
ブッダは自分の乗り物を三つに分けたのだ。
「弥勒」「菩薩」「弥勒菩薩」の三つに分けた。
この三名と山で語り合ったのを8万人の人間が聴いて「光に包まれた」と言う記述がある。
結局、ブッダの教えは「インドチベット」「中国・日本」「南伝」の三つに分かれているのだから日蓮がそのように理解していても不思議ではない。
以下にスタンフォード大学の研究を書いておきました。
「インド・チベット仏教の倫理」
http://hougakukyoushitu.cocolog-nifty.com/thirdroundthriller/2011/07/post-4bab.html
竜の口の処刑
1271年9月12日に日蓮は裸馬にまたがり、鎌倉に向かった。
これは軽犯罪であり、自らの退路を断つ行いだった。
八幡神社に至り、日蓮は叫んだ。
「八幡大菩薩!お前は本当に神か?伝教大師がお前にロータススートラを教えた時になぜわからなかった?今、日本では私が最も忠実なロータススートラの実践者だ。私には何の過ちもない。私は、沈みかけたこの国を救うために真実を主張している。モンゴルがこの国を侵略しようとしている。お前は天照大神とだけでやっていけるのか?ロータスの集会を思い出せ。インド・中国・日本から仏陀のもとに聖なる者たちが集まったではないか。今すぐ天照大神に頭を下げるか別の方法を考えろ」

周囲の人間は「あいつは頭がおかしいのか」「正気ではないのではないか」「いや、神聖なものを感じる」と語りあった。その日の夜に、日蓮のもとに衛兵が突入し、日蓮をとらえた。そうやって由比ガ浜に連れて行かれたのだ。
日蓮は「鷹に襲われる人や猫に襲われるネズミ、財産を盗んで処刑される人しかいないこの場所でロータススートラのために死ぬのは私だけだろう。かねてから予感していたことだ」と言った。彼のために周辺の住民は泣いた。彼のために祈ったものは逮捕され投獄された。日蓮のために泣いている子供に日蓮は言った。
「仏陀の法のために死ぬのだから泣くな。笑ってくれ」
そうやって竜の口の刑場に日蓮は連れて行かれたのだ。
竜の口刑場での出来事
日蓮は自分が殺害される茣蓙の上に座った。
その時に唱えたのが「神聖な名前」である「南無妙法蓮華経」である。
これは「神聖な名前」であり、「法華経」ではない。
その時に何が起きたかは周知だろう。
処刑は停止され、混乱の中で、幕府側に議論が投げ返された。
僧を処刑した歴史があるのか?
手続きは適正だったのか?
死刑に値する罪なのだろうか?
そんな中で、北条時宗が権力を奪い、日蓮を救う命令を出した。
幕府も民衆も、頭にあったのは「モンゴル」だけだったのだ。
庶民や幕府は「深刻さ」と「欲望」と「出口がない」という三つに要素があったから日蓮のために泣いた。
頭にあったのは中央アジアやインドを支配したモンゴル帝国であった。
モンゴルの侵略におびえていたから日蓮があった。
日蓮はロータススートラで「仏陀のもとに日本や中国やインドから聖なる者が集まって会議をした」という記述に注目していた。
このロータススートラの記述こそがモンゴルから日本を救うと考えたのだ。
「南無妙法蓮華経」というのは「神聖な名前」であって、処刑されそうになった時に日蓮が唱えたものだ。
このへんを混同してはいけないようだ。
私は、日蓮が法華経に注目したのは、モンゴル帝国に対抗するためにインド・中国・日本の「仏教連合」を構想したのだろうと考えている。
これはあくまでも「史観」であって、不都合な記述に目をつぶってはならないが、研究者の研究に委ねたいと思っている。
文永の役を退けたあとの日蓮の人生は平和に満ちていた。
身延山に上り「まるでここはインド北部で人々を集めた山のようだ」と語った。
「妙法蓮華経」という神聖な名前は「私はロータススートラに避難します」という意味だ。
ロータススートラは中国の南学大師が常に携帯していたもので、「世界に目を向ける」という思想を描いている。
聖徳太子は「南学大師の生まれ変わり」とも言われ、南学大師(Hui-ssu)の研究と切り離せないのだ。

« ガンダムの哲学 | トップページ | 「観音さま」は聖徳太子の化身 »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ロータススートラ(法華経)と日蓮:

« ガンダムの哲学 | トップページ | 「観音さま」は聖徳太子の化身 »