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2012年6月21日 (木)

「死」から学ぶこと

若い頃に夭逝した友人の葬式に出てみるといい。
「死」が周辺にどんな害悪をまき散らすかが分かる。
つまり「自分が死んだときに何が起きるか」という情報が全部とれるのだ。
「俺が死んだらあいつが喜ぶ」という情報なども全部とれる。
葬式は出ておくべきだよ。

人間の「死」に関しては、なぜ人々の寿命は異なるのかという「タイミングパズル」という問題がある。
さらには、我々は、永遠の生命を得ても「常に人生に意味を与え続ける能力はない」とされていて、ほどほどの年齢で「死」を迎えるのだ。
まさに、死は年寄りにとって不幸であるとは言い切れない点はここにある。
「死の恐怖」を克服する理論は探求すればするほど強烈な反撃に直面する仕組みだ。
「人生に意味を与え続けるのはそろそろ限界じゃないっすか」あたりがいいのかもしれない。

「死」があるから人間は「我々とは何か」を知ることができる。
①我々は人間である。
②我々には自意識がある。
③我々には心がある。
これは人間が死ぬからわかることなのだ。
単なる動物ではないことを知り、心があることを知る。

タイミングパズル
やや冷酷な分析になるが、人の死がある人の利益になることがあることは事実である。しかし、どの瞬間にどの人の利益になるのかはタイミングによって異なる。この問題を「タイミングパズル」というようだ。
私は、息子が生まれた瞬間、今の天皇にバッチリタイミングパズルがあってしまい、殺されそうになったほど重要な概念だ。イランは、経済制裁においては防戦一方のノーガード状態であるが、世界最高水準の国民監視システムを所有していて、核保有をすることで力の均衡を確保するまではこの技術を使うしかなかった。
サウジアラビアはイランのシステムの前にはまさにノーガードのファイターであり、イランはサウジの「もっとも自国にとってタイミングパズルのあった人間」を瞬時にロックオンして殺害することができる。
それが先日の「サウジ皇太子の死」であった。
私は、天皇に常にタイミングパズルを合わされながら生きてきた奇跡の生還者と言っていい。
一般国民は、国家レベルで働こうと思ったら常にだれかとタイミングパズルを合わせながら生きていくことを覚悟しなければならないのだ。このパズルをはずそうと思ったら国全体の利益を強烈に志向するようになるようだ。
これが私が天皇にロックオンされ続けた結論であった。
私は生き残るために「国益志向マシーン」になってしまうほど重要な概念だった。

【つづく】

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