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2012年6月20日 (水)

「許し」の哲学

許しとは「関係の再構築」をすることで、相互の悪い感情を解消することができる。
一方で、DVのように「構造が残っているうちは許してはならない」という側面がある。
許しの研究はまさに「サルベーション」にもつながる研究だ。
許しの基本は「何も知らない人間たちがやったことを、全知全能の神が許す」ということだ。
「人を許す」のは実は簡単なのだ。しかし、簡単に人を許しまくる人は自尊心に欠けるし、厳しさもない、道徳心も確立していないとされる。
怒りや憎しみの炎は自尊心を基盤にしている。
「許せない。許せるはずがない」というのは強烈な自尊心を基盤にしているのだ。
この研究はスタンフォードのものだが、「絶対に許されないこと」をした人間も「相手の自尊心」さえ狙って行けば許されるということを明らかにしているのだ。
その人が何を嫌っているのかをしっかりと理解しないといけない。

「償い」さだまさし
http://www.youtube.com/watch?v=9KGro0gAZAE

この曲で踏まえなければならないのは、遺族の奥さんが貧乏人への復讐を成功させて、自尊心が満たされたから許されたということを基盤にしているということだ。

重要なのは「間違いをおかすのは人間であるし、許すのも人間だ」ということだ。
全知全能の神は何も知らない人間を許すが、人間は全知全能ではない。
しかし、時には「人間の許し」がキリストの化身となることがある。
許す側と許される側に「配分的正義」が働き、「一生頭が上がらなくなる」ことにもなるのだ。
【つづく】

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