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2012年5月 1日 (火)

プロレスの哲学

プロレスもバカにはできないね。「全能」という概念と深くかかわっている。プロレスが好きな奴は全能を信じているし、そういう奴だという割り切りが哲学的には必要だ。「全能」という概念は道徳的な完璧さと関わっている。墨子の「迷信深い人は悪いことはしない」というような発想みたいな割り切りが必要な世界だよ。プロレスというのは「不可能を可能にする」というパフォーマンスを表現して発信する世界だね。そういう世界を信じるかどうかだ。
「全能」というストーリーをもった奴が「力で相手に勝った」「こういうことができた」という情報を発信し、リリースし続けるのがプロレスなんだよ。
「全能」が無限に反復可能であること。
「全能」は歴史と関わること。
「全能」は道徳的完璧さと関わること。
などをまとめれば論文は完成するようだ。

「全能」という概念に立ち向かったのはまず歴史的には「重さ」だった。「この重さが持ち上がるのか」という問題がその人の「全能」を試したのだ。
それが「全能」を名乗る人間に与えられた課題だったのだ。
「全能」というものにさらに立ち向かったのが、「予測」である。
「雨が降る」というだけでは精度が低い。
「明日雨が降る」といったらこれは全能に近づく。
○○教授が講義をする、といったらあまり精度は高くない。
アマゾン川では過去四回以内の奇数の数で洪水が起きたと思う、と言ったら知識としては正確さはあまりない。
「雪が降る」と言ったら、雨よりは全能に近づく。
ここで問題にしたいのは、占い師が上岡龍太郎に「俺がお前を殴ると思うか?」と聞かれて、「いえ、あなたはそんなことはしない」と答えたら上岡が本当に殴った、という問題だ。
占い師は「訴える」と言ったそうだが、哲学的には「リバタリアニズムは本当だな」と占い師が答えれば哲学的には正解だそうだ。

「全能」というのは反復ともかかわる。
重量挙げでも「二回の成功」が求められているし、連続安打などの連続記録というのも優れたものとされているだろう。つまり、繰り返すことと全能という概念も深くかかわっているのだ。


興味のある奴はこれを訳してくれ。
「全能」スタンフォード哲学百科事典。
http://plato.stanford.edu/entries/omnipotence/

私と長男の共同執筆論文。
「ムラ社会の統治と皇室」
ムラ社会というのはリベラルな社会と対比される。ロールズは人間はみな頭がいいと考えていたようだ。しかし、現実社会の人間の脳には差異があり、自然にムラ社会が生まれることを学習しなければならない。
そういうムラ社会の現実に必要なのは「権利を大事にすること」「教育をすること」「国との関係を明確にすること」「貧乏をなくすこと」の四つだとされる。権利や教育を無視すれば当然貧乏になる。また、この四つを行えば、ムラ社会はいい方向に向かう。ムラ社会は、ムラに属する人間に普遍性の方向に向かわせる。
「権利を大事にする」「教育を大事にする」「普遍性を求める」などだろう。また、この四つを行えば政治が簡単になると思われる。

ムラ社会の全能者にプロレスを持ち込んだらこの国の政治は非常に困難になるな(笑)。


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