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2012年2月29日 (水)

プリンス~マキャヴェリより

マキャヴェリは、君主に徳がなければ自分の子孫に権力を譲り渡す資格はないとした。
民衆は非常に卑怯な存在であり、醜い連中だとマキャヴェリは考えていたが、
彼らがしたがうのは「怖い」ものに対してであり、愛情にはしたがわない。
マキャヴェリは「武器の炸裂音」よりも「法律の力」に人々をしたがえる力があると考えた。
そういう国を治める基本から彼は「プリンス」に関して論じている。
統治作用がうまく行っていて、人々に安全が保障されていれば、君主には徳があり、
「プリンス」は世の中のいろいろなものを学習して、「時代の体現者」となれるのだ。
しかし、君主に徳がなく、世の中が殺伐としていれば、「プリンス」への権力の承継は
行われず、その威光も地に堕ちる。
時代の体現者は「国王」ではなく「プリンス」だとマキャヴェリは見ていたのだ。

時代を体現する「プリンス」が多様化するのはいいことだと思う。
権力を批判するプリンスがいてもいいし、権力に従順なプリンスがいてもいい。
女性宮家はしょせんは「男のため」の仕組みなんです。

マキャベリは、政治社会で生き抜いていくためには「仕組みの理解」が前提として必要であるとしたが、その次に必要なものが「徳」であるとした。しかし、マキャベリが求めた「徳」は、通常の概念とは異なっていた。
「善か悪かは後からわかる徳」であるとしたのだ。非常に彼の「徳」の概念は現実的であり柔軟性に富んでいた。
「国を治める」「何かを成し遂げる」のに必要なものが「徳」であるとされたのだ。
さらに、マキャベリは「政治において幸運は敵である」としたのだ。
幸運は神のいたずらであり、政治を混乱させるし、政治家を育てない。
幸運は政治の敵であるという厳しさを政治家に要求した人物であった。


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