最近のトラックバック

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

« 「信じる」~スタンフォード哲学百科事典 | トップページ | 「責任」への尊敬の足りん奴だ »

2012年1月23日 (月)

皇位継承の議論にスタンフォードを持ち込むとこうなる

DNAを語るうえでは、優れた特質がナチュラルセレクションを経て生き残ってきた、という適者生存という説明がある。男系男児というものと、あらゆる立場に立つにせよすべての生物学者に強烈な影響を与えた「ナチュラルセレクション」という発想はどう両立するのでしょうか。いったい「神武のY遺伝子」がどのようなナチュラルセレクションに耐えてきたのでしょう。ナチュラルセレクションという観点から、たとえば、「皇族は美男美女なのか」という議論すら成り立ちます。
たとえば、ナチュラルセレクションは「現在の状況がどのようにもたらされたか」を説明する概念でもあるし、経験主義的に「優れたパートナーを私は選んだ」という説明にもなる。公家というのは、「このように自分たちの優越性を維持してきた」という伝統があります。たとえば「和歌を詠む」ことは高貴であるとして将軍家に対する優越性を守った。天皇家の「和歌を詠む」伝統は「これでナチュラルセレクションを守り続けたじゃないか」という意味でもあるわけです。非常に物事を説明するのにいい概念が「ナチュラルセレクション」なのですよ。
日本国はいまだ将来に不確実性をもっていますよ。そのなかで、男系男児に「何かの合理的強さがあるだろう」と考えるのも無理はないですよ。でも、もっといろいろ議論してもいいのではないでしょうか。彼らがどんなナチュラルセレクションを生き抜いてきたのか。その公約数が現在の「宮中祭祀」として表現されています。天皇家が政治社会で自分たちの優越性を示し続けたのが宮中祭祀です。それに信仰が集まる。それと「後継レース」はどう関わるのか。宮中祭祀はナチュラルセレクションを生き残ってきた。それと日本国の不確実な将来を生き抜くことはどう関わるのか。そういう観点からの議論が必要でしょうね。進化を語るうえで重要な観点は「役に立つ」「デザインがいい」という二つだけだとされる。この、人間として持っている特質が「役に立つ」「デザインがいい」が優れた進化をしたといえる。そういう意味では、皇族に「能力」「ルックス」を要求するのは当然です。「男系男児」よりも強烈に庶民にアピールできるポイントなのです。
結局、人間というのはいろんな特質をもっているわけですが「役に立つ」「デザインがいい」という二つの要素を「テストドライブ」しなければならないのです。これは十代でだいたいのことは終えます。成人したら「論文を出す」「スポーツをやる」などになるかもしれません。テストドライブを経ていなければ実戦投入はできないのです。これが「後継レース」となります。結局、次期天皇は、今の天皇との「世代間のズレ」がどの程度あるのかをテストドライブしなければなりません。それが「アスリートであること」「学者であること」なのですよ。そのテストドライブを経て「世代間のズレ」を確認して、実戦投入できるかどうかを検討する。「愛子女帝」という選択肢はそのようなことをやる時間がないのです。もっと国民にパフォーマンスを見せなければそういう選択肢はとれません。結局、天皇家は、「役に立つ」「デザインがいい」という二つの要素を遺伝と考え、後継者にありとあらゆるテストドライブを繰り返すわけです。それに耐えた人間に「遺伝の道」という勲章を与えています。これが「後継レース」の全貌なのです。国家の利益を重視した天皇家の実態です。
結局、親から何を受け取ったか、というのは「遺伝」と「文化」なんですよ。天皇家は国家の象徴ですから、「文化」も重視しなければならない。そうなると、やはり学問の発信拠点である「大学」から何を受け取ったのかを明らかにしないといけない。東京大学でもいいし、外国の大学でもいいのです。どういう文化をもっているのかを明確にしないと「親から何を受け取ったのか」の説明は半分しか明らかになりません。DNAトランスミッションというのはミトコンドリアによってなされますが、結局、臓器移植や血液型のような「物質的な」伝達に過ぎないとも言われる。やはり、「どのような文化を親から受け取ったのか」という点を無視はできません。それを無視してメンデルが明らかにした業績を信仰の対象にすることはできないのです。


« 「信じる」~スタンフォード哲学百科事典 | トップページ | 「責任」への尊敬の足りん奴だ »

スタンフォード哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 皇位継承の議論にスタンフォードを持ち込むとこうなる:

« 「信じる」~スタンフォード哲学百科事典 | トップページ | 「責任」への尊敬の足りん奴だ »