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Foreign Affairs

  • CFR: フォーリンアフェアーズ英語版

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2011年12月

2011年12月31日 (土)

キムジョンウン~世界最悪の職業に就く

フォーリンアフェアーズの資料が6つほど出ていた。アメリカにとって興味のない国である北朝鮮も「キムジョンイルの死」だけは分析の対象になったようだ。ジョンイルは父に死の十年以上前から後継指名されていて、成人して以降、ずっと国家統治の経験を積むことが許された。しかし、ジョンウンは28歳と若く、軍の四つ星の階級章をもらった時も笑って喜んでいたという。しかし、彼には軍での経験は全くなかったのだ。ジョンウンは喪が明けたら、まずは「自分の身を守る」という仕事がある。嫉妬や羨望が彼の地位には付き纏う。それらからどのように身を守るのか。すでに、有力な参謀はいるが、チャンソンテクなどの動きが不透明とされる。だが、今、北朝鮮が内戦になれば、貧困と飢饉の国はたちまち韓国に飲み込まれる。これがキムジョンウンの立場を守るだろうとされる。どのような政争が展開されても、彼らは小さな船の共同体なのだ。アメリカや韓国は、この若い指導者(いまだ誰も将軍様とは呼んでいない)を相手に核の放棄を強く求めるとされる。そして、体制崩壊を悲劇的なものにしないということは周辺国の一致した思惑なのだ。中国やベトナムのような改革開放は、韓国の豊かさを北朝鮮の民衆が知ることを意味し、北朝鮮のエリートが地位を守ることはできない。また、中国も、朝鮮半島に「二つの豊かな国」ができることを望んではいない。いずれにせよ、キムジョンウンはこれらの難題を解決するには経験が少なすぎる。どのように、誰が、北朝鮮を豊かにするのかという難題を解決するのかは明確でない。やはり「核の放棄」「体制崩壊を悲劇的なものにしない」という二つに絞って周辺国は今後を見通すしかないのだ。
参考:フォーリンアフェアーズ英語版


2011年12月18日 (日)

数学の哲学~スタンフォード哲学百科事典

序文:
数学は科学の一部門である。そのため、数学の哲学を論じることは、科学の哲学の一部門に過ぎないかもしれない。しかし、自然科学は、世界に存在する空間や時間を素材にしており、我々の「常識」で「帰納的に」正しさを確認することができる。しかし、数学の「正しさ」は別の方法で確かめられるのだ。自然科学の理論は数学ほど明確かつ論理的ではない。しかし、自然科学の理論は数学よりも発展的である。数学の哲学は、他の自然科学との比較から「存在論」も「認識論」も明確にする研究である。

目次:
1.数学の哲学、その論理、なぜ数学は生まれたのかの探求。
2.4つの学派
 「論理主義」
 「感覚主義」
 「形式主義」 
 「予言主義」
3.プラトンの与えた影響。
 ゲーデルのプラトン主義
 自然主義と数学の必要性
 プラトン主義の落日
 認識論からのプラトン批判
 プラトン主義の再生
4.構造主義と唯名論
 数字にできること、できないこと
 構造主義について
 抽象的な実体のない数学
 さらに構造主義について
 数学はフィクションを語りだした
5.スペシャルトピック
 セット理論の哲学
 データと数学
 計算主義と証明


1.
数学は、形而上学や認識論の核心部分を解決する学問に限りなく近い。数学は抽象的なものを扱い、一体、数学の世界は何によって構成されているのかがわかりにくい。それならば、数学というものがどのような固い基盤によって構成されているのかからまずは探求しなければならない。

しかし、21世紀に入って、我々は数学における「証明理論」や「モデル理論」、「セット理論」や「計算主義」が多くの難問を解決してきたことを目の当たりにしたのだ。

数学の基礎研究をしている学者は、一体何を対象にしているのだろうか。実は、現代の哲学が「数学とは何か」という問題を基本から明確に示すことは今だにできないのだ。数学の基礎にあるものすら未だ曖昧なまま、数学者たちは研究に励んでいる。しかし、哲学的な問いかけを深めることが、数学の世界に多大な貢献をすることは間違いないのである。

2.4つの学派。
19世紀になって、経験主義が隆盛を極めると、プラトンの合理主義には懐疑的な見方が強まり、プラトンの理論の解体が始まった。20世紀の最初の10年だけでも、反プラトンの立場に立つ三つの学派が生まれたのだ。「論理主義」「感覚主義」「形式主義」である。これらの立場が有力になった。一方で、第四の勢力として「予言主義」というものが現れた。複雑化した歴史が物事の予測を求めたのだ。しかし、この「予言主義」が真価を発揮したのは1960年代だとされている。
以下、これらの四つの学派について語りたい。

「論理主義」
この発想は、数学を論理にまでレベルを下げようという試みである。もともと19世紀にライプニッツがそれを手がけていたが、20世紀に議論が展開された。たとえば、片方が決まればもう片方が決まる、という具合に簡単な構図を提示したのだが、ラッセルが提示したものは、基盤の異なる片方が決まれば、別の基盤を持ったもう片方が決まるのかという問いかけがなされ、「基盤」が非常に流動的であり、その解決法は無限になるという「ラッセルのパラドックス」を生み出している。当時の議論は「悲惨な結果に終わった」とも言われた。しかし、この議論は「意外と筋がいい」ということが明らかになったのは1983年のクリスピン・ライトの業績による。
クリスピン・ライトは「自然数」という概念を持ち込んで、ラッセルのパラドックスの「基盤」を固定したのだ。片方の自然数が決まれば、もう片方の自然数が決まるとした。これは「ヒュームの原則」ともいわれ、論理主義は息を吹き返したのだ。この図式を「第二の秩序」「第三の秩序」という具合に展開していけば、有効な理論が成立するとした。これは非常に画期的な視点であり「新・論理主義」とも呼ばれたのだ。現在の哲学者は、ヒュームの原則を「数学は論理なのか」という問題を指摘しているのであって、自然数を基盤としたこの「新・論理主義」は、抽象的な原則としては成り立つとしているようだ。

「感覚主義」
これは、ブラウワーという数学者が提唱したものである。数学とは創造的な営みであり、自然数というのは人間の心が創造しており、実数も人間の心が創造しているとする。つまり、数学とは人間の心が創造したものだとする発想である。数学的な創造物は、理想的な数学者によって作られるとし、普通の数学者が理想的ではないのを認め、彼らはその世界の一部を構成するとしたのだ。この発想は「無限」というものを否定したことに特徴がある。本当の無限は物事の創造の積み重ねによって構成されており、必ずそれに続く実数によって引き継がれていくとして無限を否定したのだ。
彼らは、感覚によって、論理と数学を再編したとされる。創造的ではない証明は「神学や形而上学に過ぎない」として却下し、その代表例が「中間項が存在するという原則」であり、「二重の否定」であった。これらは「創造的ではない」とされたのだ。古典的な議論としては妥当性があっても、算数を数学に昇華させる必要があるとした。この「自然数、実数は人間が感覚として持っている」という発想には数学コミュニティーは21世紀に至る現在まで好意的であるとされる。しかし、「それに代わる説明は提示できない」という哲学的な問題なのである。

「形式主義」
デイヴィッド・ヒルベルトは、実数というのが数学の基礎として人間の感覚に存在するという感覚主義に理解を示しながらも、実数が「心の創造物である」という発想をとらなかった。彼は、実数はシンボルであるとしたのだ。何を表すシンボルであろうか。例えばインクで一本の線を引いたらそれが「0」であり、二本の線を引いたら「1」であるという具合に、線の数を増やしていけば数が増えると人間が考えることを「抽象的な器」としてのシンボルとして実数が示しているのだろうとした。このような発想を展開したのが数学の歴史であったと説明したのだ。感覚主義者と異なり、ヒルベルトはすでに存在する数学の知識を再編しようとは考えていなかった。むしろ、彼は高等数学に道具主義という発想を採用していたとされる。彼は「高等数学は紳士のゲームに過ぎない」とし、高等数学は「シンボルを直接的には反映していない」とするのだ。むしろ、上記の「0」「1」という実数のシンボルを直接的に反映しているのは算数の方だろうとした。
ヒルベルトは、算数が非常に豊かな世界を構築していたことは疑いの余地はないとしながらも、算数によって
示されるものが、時には算数のみでは証明しきれないことを認識していた。数学の方がより端的に算数の
法則の証明を示すことができるとしたのだ。高等数学の方がより洞察力と純粋さを持って算数の法則を
証明できると考えたのだ。
彼は、自然数というものの哲学的意味の説明は「算数という聖域」に任せるとしている。1920年代になっても、なかなか自然数の説明は明確にはならなかったのだ。算数という聖域をもうけながらも、高等数学は多くの算数の問題を証明し続けていた。そのため、彼は「算数という聖域に委ねた自然数」の説明をヒルベルトプログラムというプロジェクトを立ち上げて説明しようとしたのだ。この、ヒルベルトプログラムの課題はゲーデルが引き継いだ。彼は、高等数学が算数の多くの問題を証明したのは事実であるが、算数の出発点には「基盤の明確ではない概念がある」ということを率直に認めた。不完全な算数を基盤に高等数学は成り立っていて、その高等数学が多くの算数の問題を解いたという構造を形式主義は認識したのだ。


【まだまだつづく】


2011年12月 6日 (火)

フェミニズムの精神分析

「フェミニズムの精神分析」
http://plato.stanford.edu/entries/feminism-psychoanalysis/

の研究をすることにした。この研究の先駆者はフロイトであり、それに対する批判がなされることで議論が発展した。言語、法律、性差にまで研究は深まり、女性の主観、他者とのかかわり方、女性はなぜ孤立を恐れるのか、などの研究がなされた。
これが次のテーマとなる。

フロイトの精神分析は「無意識」という概念を確立しただけではなく「性」や「主観」に関する研究も深めたのだ。これらの研究が「自我」や「政治的な忠誠」、「個を超えたシンボリックなものへの忠誠」などの研究にまで発展している。フロイトは「女性の謎」「問題」として議論したため、そのような問題の立て方には飽き飽きしているという批判が浴びせられた。フロイトが若い女性タレントならば、それへの批判は既婚女性と言ったところだろうか。フロイトも真面目な議論をしていたのだ。ほとんど性に中立であった女児が、なぜ「女性らしさ」を身に着けるのであろうかという研究を行ったのだ。この「女性らしさ」の学習は本能によるものではなく「もろいもの」であるとしている。この「もろい女性らしさ」をフロイトは「女性の謎」と呼んだのだ。この女性らしさという概念は落ち着く場所を見出すのが非常に困難であり、生物学的・社会学的なアプローチがなされた。今だ確立していない「性のアイデンティティー」の研究はまさにフロイトが先駆者として提示したのだ。
フロイトは、個人の経験からなる「私」に注目したのであり、リベラルな政治理論や集団から構成される「私」を一般論として論じたのではなかった。言葉と社会、衝動とシンボリックな秩序などを論じたのだ。たとえば「衝動」というものは、「本能」とは異なり、何の特別な目的も持たずに存在するとした。本能は自然から由来する何かの目的があるとされ、それとは別に衝動には目的がないとしたのだ。
しかし、衝動と本能は深い関連をもつと考えた。性本能が、「満たされない」「欲望が困難や問題に直面する」「複雑化し困難さを増す」などすると人間には衝動が生まれると考えたのだ。フロイトはヒステリーについても研究した。その人の記憶や考えが体の変調がないにもかかわらずその人を病的にするものであるが、子供の頃の暴力的な経験から由来するのではないかとした。たとえば、早熟なセックスなどが、意識のもとに抑圧された記憶となって、ヒステリーを起こしやすくするとした。
フロイトは「誘惑理論」と「オイディブスコンプレックス」を主に議論している。オイディプスとは、父を殺して知らずに母を妻としたテーベの王であるが、男児はまずオイディプスコンプレックスを通じて「主体」としての地位を獲得する。それ以前は、男児も女児も「母親の付属物」なのだ。しかし、女児にはこれがない。しかし、男児も女児も「自慰行為」を学習し、その段階を経ることは共通である。男児は母親から興味の対象を他の異性に移していく。女児の場合はオイディプスコンプレックスを「経る」のではなく「その渦中に入っていく」とされる。女児にとって父親は「性的な脅威」でもあり「将来の経験を体現する男」でもある。女児は母親がもっていないものをもっている。男児は父親を英雄だと思って育つだろうが、女児にとって父親の存在は意味が異なる。
女児は「自分が男性からの興味の対象となっている」ことを学習する。これが男児と最も異なる点であると言っていい。
父と息子の関係は、父がこの世の女性を支配しており、息子がそれを奪うために戦争をするというモデルをフロイトは提示した。兄と弟は団結をし、父を殺そうとする「前政治的」な段階だとされる。この構図が、子供の「主観」を育むことになる。やがて、息子は政治的な秩序に飲み込まれていき、「父と息子」の関係は確立する。しかし、女児はこのような争いを行なっていないので、平和を志向するようになるとする。


【つづく】



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