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Foreign Affairs

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2011年11月

2011年11月27日 (日)

ブレダの開城~人道的指導者を描いた作品

私は自分の皇居入城記念に「ブレダの開城」を買ってもらうことにしました。向こうは「あれは高いんだよ?」と言っていたけど、一生に一度のお願いだったし、国内のあらゆる芸術家を黙らせる秘蔵の絵画だ。そういう感覚でお金は使えばいいと思う。フランク・シブレイの研究をしましたよ。
ブレダの開城:スピノラ将軍とナッソー将軍の熾烈な攻防を描いたベラスケスの絵画。相手の補給の分断などを行い墜ちるはずのない城をスピノラが落としたとされる。
これが「ブレダの開城」(The Surrender of Breda)
ブレダの開城という絵画は「スペイン愛国主義の象徴」とも言われる作品なので、果たしてスペイン側が今回の皇位継承にどれだけ敬意を払うのかが問われる。スピノラもナッソーも、熾烈な攻防を経た挙句の結論であったため、ともに馬から降りて戦いを共にたたえ合う。
ナッソーがやや低い姿勢をとったため絵画の中心に「平行四辺形」が生まれている。この平行四辺形こそが画のテーマともなったそうだ。ライフワークの一環としてブレダの開城は研究したい。
「陥落」のあとには略奪も強姦も起きない。戦闘シーンではなくテーマは「和解」であった。これがスペイン愛国主義の象徴となったのだ。ナッソーが差し出しているのは「城のカギ」であり、スピノラはナッソーの肩を叩いている。美しい絵画だ。ブレダの開城は私の勝利の証としてどこかの美術館で公開しよう。
みなさん見に来てください。(絵はクリックしたら拡大されます)

状況)スピノラは、完全防御された状況の中で、ナッソーの到着を待った。周囲にいるのは高級官僚や、上級のプリンセスたちだ。ナッソーは、自分の身内と軍事アカデミーのエリートを連れて現れる。スピノラは抱擁して敗北者を迎え、言葉をかける。ブレダの防衛のための勇気と忍耐強さをたたえたのだ。
テーマは「スペインの力」「戦場における忍耐強さ」「思いやり」と言っていいだろう。

「ブレダの開城」~ブレダで何が起きたのか
1624年にスペインは60万人の兵士をネーデルラントに派遣していた。この頃、英国やフランスは国内に問題を抱えていた。そんな中で、30年戦争の停戦の話し合いがもたれ、ネーデルラントはその資金源としてバターに税金を課そうとした。
このバター税が、すべての始まりだった。税金に反発する勢力が暴動を起こしたのだ。各地で暴動が起きたが、その拠点となったのがブレダであった。ブレダにおいては、スピノラが包囲網を敷き、8月から砲撃を開始した。
しかし、ブレダは石の壁が堅固であり、ブレダの防衛の成功を予測する人もいた。
包囲網では、味方の砲弾にあたるものも出たが、やがて砲撃の応酬で包囲網が勝り始め、砲撃の精度が上がった。
ブレダは食料の備蓄では包囲網を勝っていたが、スピノラは人の出入りの封じ込めを行い、百姓からの麦の調達を禁じた。
この作戦が功を奏し、ブレダはこの危機を脱するために近くの川をせき止めて、洪水を起こして包囲網の足を止めようとした。
スピノラは船で潮流を利用して船で丘を乗り越えようとしたが風に押し戻された。だが、ブレダへの乾いた通路を確保するのに成功している。
そのため、包囲網とブレダはかなり接近し、兵士同士が食料の交換をするなどの場面もあった。
冬は暖かかった。ブレダでは、犬やウサギを殺して疫病を防いだが、犬の肉の売買が行われた。
やがて、燃料や食料の値段が上がり始めたのだ。
ブレダの包囲網は功を奏し、春になった時点ではもはや、麦の備蓄は8月までしか持たないことが明らかになった。
この時に、ブレダに終末のベルが鳴り響いたとされる。
ブレダは、英国との連携を模索するなどしたが、もはや、状況は、戦場に向かうラマンチャのようであった。
スピノラがブレダの皆殺しを決意したのはこの時であった。
ブレダでは、もはや食料をめぐって、動く動物は何でも食料にされたし、給与の支払いが滞った兵士の間で窃盗が横行し、盗品を給与代わりにする者もあらわれた。
ブレダで病気にかかりハーグへ脱出したモーリス将軍は、死の病床で「ブレダはまだ大丈夫か」と言って死んだ。
最後にブレダに残されたのがナッソー将軍であった。


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【つづく】
平行四辺形は支配と従属という意味だ。
「私はあなたのもの」

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2011年11月15日 (火)

ホモセクシュアル~スタンフォード哲学百科事典

この用語は19世紀にドイツの心理学者、カロリー・マリア・ベンカート(Karoly Maria Benkert)が確立したものだが、用語は新しいものの、議論としてはプラトンの「シンポジウム」でも語られていたし、現代においては「ヘンタイ理論」として語られている。西側諸国では、自然法の観点から禁忌のように扱われ、宗教や政治、裁判においても自然法が重要な役割を果たした。しかし、ゲイ解放運動が起き、この運動に対抗するように哲学の世界では「ヘンタイ」という概念を生み出した。それ以降、異性愛においてもバイセクシュアルにおいても、「生物学」の観点から可能である組み合わせがいろいろ考えられて行ったのだ。
古代ギリシャにおいては、「ホモセクシュアル」という用語はなかったものの、プラトンやアリストファネスが「同性間のエロス」として議論したし、いろんな芸術作品が残されている。いろんな論者がいて、中には同性間のエロスを賞賛する人もいた。人間は「異性の美しさ」にエロスを感じるのが通常であるが、アレキサンダー大王は少年愛が知られていた。だが、こういう事例は例外的なものと考えられたようだ。今のように「ヘンタイ」として扱うのではなく、すぐれたもの、卓越した美をもつものへのエロスは細かい心理学的なディテールを抜きに生じるのだろうと考えられていたようだ。
古代の哲学が問題にしたのは、いかなる性関係であっても「支配と従属」の構造があるという観点を指摘したことだ。男女の性交渉を見てみればわかるが、挿入する側とされる側が生じることから、ここに「支配と従属の関係」を見出すのだ。そのため、同性間のエロスの事例でも、挿入される側は「女性・奴隷・少年」などになってしまうのではないかと考えられた。もし、ギリシャの自由な男性同士でこの「支配と従属の関係」を作り出したらどうなるだろうか。これが研究の重大関心事だったのだ。ギリシャの神とされたゼウス神ならば何でもできるのだろうか。小説「アキレスとヘラクレス」の関係はどうなのだろうか。ギリシャの社会の「対等で自由な男性」の構造とかかわるからこそ、プラトンは同性愛を論じたのであり、「プラトニックラブと言うけれどプラトン自身がホモだった」などというデタラメな議論ではなかったのだ。
古代ローマを経て、ローマ帝国の時代になると社会的経済的混乱が生じた。この記述はおそらく「体を売る男」を意味しているのだろう。それ以降、キリスト教が普及するようになると、同性間のエロスに対しては否定的な見解が明確に示されるようになる。これ以降、キリスト教の議論が導入されることになるのだ。
ジョン・ボズウェルは「キリスト教。社会の忍耐強さとホモセクシュアリティ」という著書において、同性愛はモラルの問題ではなく、「体を売る男」のような存在を生み出す「不自然で」「秩序を乱す」ものである、と論じた。「支配と従属」の関係は、あらゆる形態においても「弱者をリクルートするプロセス」が存在するのであり、それが秩序を乱すとしたのだ。モラルの問題ではないという指摘をボズウェルは行った。
4世紀から5世紀にかけてのキリスト教社会は、性交渉が「子孫を残す」という観点こそが重要であると考えていたようだ。
性交渉が子孫を残すという観点に注目したことから、「結婚している男女のみでの性交渉」という発想をキリスト教社会は発見したのであり、このことが当然、同性愛者にも影響を与えた。同性間での性交渉を行ったものは処刑するという条文がローマ法に書かれ、悔悟したものに刑を免除するとされたのだ。
ローマ帝国が傾きかけて、ゲルマンなどの異民族に侵略されたときに、この「キリスト教社会の認識」は大きく変容を遂げた。たとえば、スペインでは同性愛への規制がなくなったりした。一部のキリスト教徒の論客が同性愛を批判し続けたが、11世紀から12世紀にかけて、同性愛をテーマにした文学作品が多く出版されたのだ。
12世紀後半から14世紀にかけては、ユダヤ人迫害やムスリム迫害、その他の異教徒も迫害されたことから、この空間で「弱者のリクルートメント」が行われたのであろうか。いずれにせよ、ローマ教皇がホモセクシュアルに対して強い態度を取るようになったのだ。教皇は「自然」こそがモラルの基本であるとし、婚姻外の性交渉のみならず、婚姻内でも子孫を残す以外の目的での性交渉、さらには自慰行為にまで禁止をかけてきたのだ。これが広く信仰者に受け入れられたというのだから、異教徒迫害で何が行われたのかが強烈な背景にあるであろうことは理解しなければならないだろう。中には火刑に処せられるものもおり、悔悟したら罪を許すという運用も続いたようだ。中世のキリスト教神学でもホモセクシュアルへの批判は引き継がれた。しかし、女性の権利などというものは視野には入っていなかったのだ。
その後、数世紀にわたってヨーロッパでは、一部の地域ではホモセクシュアルは放任されたが、オランダでは1730年代にユダヤ教徒の迫害を背景にしたホモセクシュアル批判キャンペーンが展開された。自白のために拷問まで用いられたそうだ。100人近い男が処刑され、埋葬すら許可されなかった。中産階級では厳格な姿勢が貫かれたが、一方では、特権階級の間でホモセクシュアルは容認されていたとされている。そして、特権階級に保護された「サブカル」としてホモセクシュアルは伝えられていたようだ。ナポレオンの時代になって、ナポレオン法典がホモセクシュアルへの処罰を緩和した。ナポレオンがヨーロッパを征服したことからこれがヨーロッパに広く伝わることになる。このナポレオン法典の扱いが「ナポレオンもホモだった」という噂になるのだから歴史というのは恐ろしいものだ。
18世紀から19世紀にかけては、同性愛は医学や精神分析の対象になり、「逸脱」と位置づけられるようになる。背景には、人口増加や、良い兵士を必要としたこと、家庭が性の役割を必要としたことなどが挙げられる。また、子供の就学率の向上は明らかに、異なる世代間の性交渉の機会をなくす効果があった。人口増加は当然「男女のカップル」を想定しないとありえないことであるし、学校という存在が、今でいう「援交」というものを困難にする機能を果たしているという研究には注目すべきものがある。


【まだまだ続く】

「ホモセクシュアル」スタンフォード哲学百科事典



2011年11月12日 (土)

フォーリンアフェアーズ英語版~ダイジェストその11

「ヨーロッパの1848年と、アラブの2011年」
民衆は抑圧的な体制を打倒し、自由や平等を志向しても、破壊のあとに何が待っているかは分からないものだ。ヨーロッパではナポレオンがヨーロッパを征服し「能力のある奴は官吏に登用する」という発想を広めた。ナポレオンが退場した後に、ふたたびヨーロッパは抑圧的な体制に戻った。1840年代にヨーロッパ経済が停滞したため、民衆は再び動き始めた。「1848年」の登場だ。この時民衆はフランス革命を思い出していた。ナポレオンの甥がナポレオン三世として抜群の知名度を誇り、選挙でフランス共和国の大統領に選ばれた。また、オーストリア帝国ではメッテルニヒが民衆の蜂起に遭いその地位を失っている。プロイセンでこれを見ていたのがビスマルクだった。彼は「民衆の支持のない国王はもはやいかなる国も統治できない」と考えたのだ。また、治安の維持を路地裏まで保証しないと権力は維持できないと痛感したのだ。統治が民衆の利益にならないのならもはや体制は保証されないということを学習した。1850年以降ヨーロッパは経済が発展した。これがビスマルクを権力者の地位にまで高めている。民衆が革命で志向する「自由」「平等」をどのように具体的に画を描くかは、いろんな事例を学習しなければわからないし、
今のアラブの指導者は「ヨーロッパの1848年のデータ」の学習すら求められている。それが国家統治の技術となるのだ。
フォーリンアフェアーズ「1848年と2011年」

「アメリカがイランを攻撃する可能性」
アメリカがイランの核保有をどれだけ深刻に受け止めているかが明らかになっている。イランが核をもてば、国力は明らかに充実する。さらに、ライバル国家であるサウジアラビアもパキスタンの支援を得て核保有に踏み切るのは明らかだとされる。このことから、アメリカがイランの核施設を攻撃する可能性が浮上した。軍事的には「失敗する可能性が強い」とも言われ、世界経済へのダメージも生じる。しかし、もし成功するのならアメリカの世界戦略の見通しはきわめてよくなるのだ。
フォーリンアフェアーズ「イラン攻撃の時」

「TPP~フォーリンアフェアーズの分析」
TPPは、現在、オーストラリア・ブルネイ・チリ・マレーシア・ニュージーランド・ペルー・シンガポール・アメリカ合衆国・ベトナムで話し合われている。このメンバーで「10年以内の関税ゼロ」などが話し合われ、知的財産の問題や、国営のビジネスをどう組み込んでいくか、投資の問題を詰めている段階だ。しかし、これらのメンバーの最大の関心事が「日本はどう動くのか」という問題だ。このメンバーを見ればわかるように、「アメリカ以外は大したメンバーではない」ということだ。これに日本が入ればTPPの貿易の規模は3倍にも4倍にもなる。アメリカはこのため、韓国とFTAを締結した。日本に「ハイテク製品を日本ではなく韓国に求める」という圧力を加えたのだ。「日本の農産物へも配慮する」というメッセージも伝えられている。アメリカはすでに、アジア諸国の貿易圏が巨大化するのを見越しており、中国も「中国こそが巨大な国であり、他の国は小さい。それだけの話だ」と語っている。日本は、中国・韓国をにらみながらも、TPPに日本を高く売りつけるタイミングを見ているのだ。
フォーリンアフェアーズ「TPPと中国の膨張」

「エイズから解放された世代へ」
エイズに関する国際社会の取り組みのポイントは、死亡者数よりも新たな感染者数を低い数字にする、ということに尽きる。ところが、2010年に、エイズによる死亡者は180万人であるのに対して、新たな感染者は270万人だった。今までののエイズ研究は、どのように治療するかという点に多額の資金が投入されていた。しかし、感染者数は増え続けているのが現状で、もし、死亡者数よりも新たな感染者数が低い数字になれば、やがてはエイズから自由になれる世代が来ることを統計的には意味する。そのため、死亡者数>新たな感染者数という時代が来たら、エイズ政策が国際社会においても個人レベルにおいても一大転換点を迎えるとされる。今はこの数字に注目することが必要なのだ。
フォーリンアフェアーズ「エイズから解放された世代へ」

「なぜケニアはソマリアに侵攻したのか」
ソマリアで飢饉が起き、ケニアが2千名の兵を送り込んだ。ケニアの兵はよく訓練されており、有力な政治家とのつながりが軍人にあるとされる。しかし、ケニアはアフリカでは「平和の孤島」であり、ソマリアが犯罪の温床になってしまうことから兵を送ったのだ。コンゴやウガンダのように「軍が主導する」国家ではないが、政治もあまり信頼されていないのがケニアの特徴だとされる。
「ソマリアの飢饉」
アフリカでここ60年で最悪の干ばつが襲ったが、ソマリアでの飢饉は政治システムの機能不全から由来する人災だとも言われ、放っておけば750万人が死亡するとされた。アメリカは、この国が周辺国に助けを求めたことをむしろチャンスと考えたのだ。テロの温床であるこの国を改革するためには「助ける」という作業が必要になる。そのために、アメリカはこの飢饉を機に、ソマリアの体制が好ましいものになることを望んでいるのだ。

「ユーロの失敗」
1999年に立ちあがったヨーロッパの通貨統合「ユーロ」は10年と少し経過時点で失敗が明らかになった。あまりにも広大な地域を包摂したことが理由であり、財政赤字だけでなく、いろんな国が貿易赤字の問題を抱えた。さらに、フランスやドイツのような豊かな国が、ギリシャやイタリアに対して独裁的にふるまうようになったのだ。
これらの原点は、スエズ動乱の際に、西ドイツの首相アデナウアーが「もはや我々はアメリカには勝てないが、ヨーロッパが一つになるという道が生まれた」といったことに起源をもつ。政治的な動機はいまだ失われていない。EUはあくまでも政治目的であり、通貨統合の失敗はただちにはEUの失敗を意味しないと言える。
フォーリンアフェアーズ「ユーロの失敗」

「通貨の崩壊」
世界各国の外貨準備高の9割をドルとユーロが占め、外国為替市場の7割を占めている。しかし、ユーロの失敗は周知であろうし、ドルも昨年夏に、アメリカ国債の償還が政府の政策で簡単に左右されてしまうことが明らかになった。このことから、ロシアのプーチンは「アメリカは、ドルの世界独占と経済のグローバル化に寄生している」と表現している。
フォーリンアフェアーズ「通貨の崩壊」

「経済格差は経済にどのようにダメージを与えるか」
19世紀の社会主義思想を洗練させたのはまさに「経済格差」の存在だった。現在においては、経済格差は「財政赤字」「経済成長の鈍化」をもたらすことが指摘されている。経済格差による財政赤字というのは、金持ちが貯蓄に回る一方で、貧困層が借金と消費を行うことから、クレジット不安が起きることがあり、財政出動が必要になるという構図だ。また、経済格差による経済成長の鈍化というのは統計的にデータがとれており、「経済の健康度」が悪化した時に経済成長は鈍る効果があるようだ。だが、これらの明確な効果は認められるものの、「格差是正」を政治の側が政策として明確にしていいとは限らない。人間がエネルギーを使うためには動機があり、その動機によって経済格差がもたらされているのなら、その自然な人間活動を抑制するべきではない。しかし、貧しい人々にチャンスを与え続けるという発想は忘れてはならない。
フォーリンアフェアーズ「経済格差は経済にどのようにダメージを与えるか」

「シリアの今だ止まらぬ暴動」
春に起きたアラブの暴動が、シリアでは年を越してしまったのだ。死者はすでに6千名を超えた。フランスは「人道的回廊」という名の支援物資を送ったし、国境を接するトルコはシリア北部に「セーフゾーン」と呼ばれる緩衝地帯を設定した。国連も医療などの支援を行っている。アメリカはこれらへの介入を検討している段階だ。問題は、反体制側が部族対立などで一枚岩ではないことだ。シリア国民評議会(SNC)が何らかの統一を果たして、周辺国の承認を得ることが求められるが、それは容易なことではない。アサド大統領は、アメリカも「すでに死に体である」と言っており、現在のシリアは間違いなく体制移行期に位置すると言っていい。
フォーリンアフェアーズ「シリアのいまだ止まらぬ暴動」

「シリア~中東におけるロシア最後の友人」
ロシアは今のアサド大統領の父が冷戦時代にロシア側に属したことから友人関係が始まっている。しかし、現在は、武器の売却などの経済の取引においては「ロシアにとってもはやシリアに魅力はない」と考え始めたのだ。そのシリアで今暴動が起きている。シーア派の政権でありながら、民衆の多くはスンニ派である。これはバーレーンとは逆の構図だ。これがシーア派の庇護者を任じるイランとの関係も構築する。ロシアは、「イスラムとの付き合い方を間違えると、コーカサス山脈の向こう側の領土の政治にかかわる」と見ていて、安易にシリアを切ることはできないのだ。ロシアには、いまだにアメリカの動向を常に重視している連中がいて、アメリカや国連は「戦争の前に必ずノーフライゾーン(飛行禁止区域)を設定している」ということをロシアは学習している。そのため、ロシアは「アメリカがリビアにやったことをシリアにもやるのではないか」ということを懸念し、事態を見守っているところである。
フォーリンアフェアーズ「シリア~中東におけるロシア最後の友人」






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2011年11月 5日 (土)

小説を書いてみました「官僚秋の陣~タバコをめぐる攻防」

東京とワシントンの交渉が始まろうとしていた。日本は、アメリカの軍需産業からのライセンスを背景に民間技術への転用をはかり、製造業を強化してきたのだが、アメリカが「技術の一方通行」を批判し、また、「一日中働いている労働者」によって輸入品価格を下げていると指摘してきた。基本的には「こちらに日本の技術を流してほしい」(能力検査)ということを要求してきたが、中曽根の首相裁定でそれに応じることにした。今後、いろんな「能力検査」を受けなければならず、また、こちらは技術の高度化を今まで通り続けなければならない。通産省の製造産業局大臣官房審議官の糖質はとにかく「国内の技術」を磨くように部下に発破をかけた。
通産大臣の橋本龍太郎にタバコを盗まれていると糖質審議官は不満を言った。ワシントンに告げ口をしたのだ。ワシントンは「今はお前がキーパーソンだ。橋本にはタバコを盗むなと言っておく」との返答であった。
通産省のエース、糖質審議官にまつわる「窃盗事件」は「百均事件」とも呼ばれ、大臣官房秘書課でくすぶっている連中がやっているとされている。
ワシントンも、実は糖質審議官の「百均事件」を支援しているようだ。糖質審議官はタバコを吸わないと暴れるのだ。もしかしたら俺の失脚を狙っているのか。
「百均事件」は実は、タバコとその他の備品で行われていることが明らかになり、怒った糖質審議官は首相官邸にまで伝えた。中曽根首相は「タバコ?ちいせえ話を俺に持ってくんな。やった奴は確実に処分すると藤波に言っておけ」とのことだそうだ。秘書課の奴ら、ざまあみろw糖質審議官は藤波の人格だけがこの「百均事件」を解決できることを知っていたのだ。
糖質審議官は「通産省内で窃盗が行われている」ということを産業構造審議会の学者にも伝えた。糖質審議官のブレーンとして機能している学者だったが、どこまで効果があるのだろう。俺は、これ以上タバコが盗まれたら、「国家の利益にならない」として、秘書課の忘八を呪うように宇野宗佑の秘書にも伝えた。忘八と道化は「宇野ライン」の人間だ。末代まで呪われろ。
忘八は、盗んだタバコのビニールのパッケージにライターのガスを充てんして火をつけて飛ばしているそうだ。中曽根は一言言った「バイ・オール・ミーンで対応する」と。中曽根が窃盗で激怒したのが学生時代以来だった。俺は今日はゆっくり眠れそうだ。
深夜、中曽根は、秘書のタバコとライターを借りて、パッケージにライターのガスを充てんし、パッケージが「ポン」と音を立てて飛ぶのを見てニヤリとした。
「通産省秘書課は面白いな。審議官をもう少しいじめてやろうか・・・。」
首相の激務にストレス解消にはなった昔のライターだった。
さあ、どうでる、中曽根!
俺は、政治家や官僚の「余興のネタ」の手柄を秘書課にとられたのだ。通産省全体が、俺の「百均事件」を笑いものにしていた。俺にとって今後の出世にも関わるのが百均事件だったのだ。また一箱消えている。対応策は「みんなが飽きる」のを待つしかない。出世だ出世。
糖質は、頭が良かったのだ。「日本の官僚」という本を書いている田原総一郎にこのネタをリークした。田原は俺にタバコの補給を約束して「この話は俺に書かせろ」と言った。俺はいくらタバコを盗まれてもいいスポンサーを確保したのだ。
じゃあな、秘書課よwww

秘書課が考えた遊び:YouTubeにアップしました
http://www.youtube.com/watch?v=Vc0AlDSnt0Y





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設問(1)筆者の言いたいことはなんでしょうか。       
設問(2)筆者を助けたい人はどうすればいいでしょうか。


設問(1)答え「タバコを盗むな」
設問(2)答え「田原総一郎の本を買う(仕方ないなあと言いながらアフィリエイトを踏む)」

2011年11月 4日 (金)

「痛い?」あまったれるな!

サルトルの「壁」の要約。
スペイン市民戦争の最中、ファシスト政府軍の捕虜になり明朝には銃殺刑に処されるという極限状態に置かれた主人公パブロ・イビエタがこの小説の語り手になっている。彼の死刑宣告が発表された後、パブロは全身で多くの傷跡が痛む体験をする。彼の体はついにその痛みや傷痕そのものになってしまった。その痛みに占領された体はドロドロと溶けはじめ、何もかも彼から奪っていく。彼はすべての言葉や感覚を失ってしまった。そして、縄で死刑台に縛られている死刑囚となってしまったパブロ・イビエタは自らの体を「巨大な害獣」として見なし、彼自身がすっかり変化してしまったことの詳細、つまり、ある絶望した死刑囚が彼に与えられた境遇によって痛みが彼自身を包囲し、飲み込まれているという確信に至り、すべてが転倒し空っぽになったことを感じさせられる様子がこの小説の中で描写されている。
そこで、スカリーは次のように述べている。
「体が痛みそのものになった。・・・・その究極的な身体的体験では、まるで他のすべてが逆さまに吊られてその中身を空っぽにされたようになるので、周りの世界は軽くなる」と。
これは現代思想2011年8月号で稲原美苗が書いているものだ。

俺が味わった痛みは「たったこの程度」だったことを俺は現代思想に学習し、サルトルに学習した。つまり、俺は自由に学問ができる環境に自分があることに気がついたのだ。

現代思想2011年8月号 特集=痛むカラダ 当事者研究最前線Book現代思想2011年8月号 特集=痛むカラダ 当事者研究最前線

著者:熊谷 晋一郎,大澤 真幸,綾屋 紗月,信田 さよ子,宮地 尚子,小泉 義之,河本 英夫
販売元:青土社
発売日:2011/07/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

サルトルは20世紀でもっとも有名な哲学者だと言っていい。彼は「実存主義の父」と呼ばれ、1945年10月にパリの民衆に「実存主義はヒューマニズムである」というドクトリンを公表した。彼の本質は「カトリック批判」「共産主義批判」であり、さまざまな感情にさらされた。政治の世界にも進出したが「つばさ」という表現を政治に持ち込んだのはサルトルで、「右翼」「左翼」という言葉が当たり前になったこと自体、サルトルの奇蹟と言っていい。
サルトルは「存在と無」で、世界の始まりと自分の存在と世界の終わりという三つの発想しか世界にないとしたのだ。自分が生まれる前のことは知らないし、死んだ後のことも知らないのが人間だとしたのだ。これが実存主義であり、現象学を実存主義に組み入れる業績も残している。人類に歴史はあるだろうが、少なくとも「私」は世界の始まりは私の始まりであり、私が終われば世界が終ると考えているだろうという問いを人々に突き付けたのだ。
彼は「私の中にあるもの」と「私のためにあるもの」という区別をした。前者は固定的で、明確に特定可能で、おのずから定まり、しかも受け身のものだ。しかし、「私のためにあるもの」は非常に流動的で、特定が難しく、ダイナミックである。「真実」「経験」「与えられる」この三つのキーワードが「私の中にあるもの」と「私のためにあるもの」の間を行ったり来たりするのだ。
我々は「言葉」や「環境」などの与えられた「状況」のなかにいる。この「状況」は非常に受け身で「私の中にあるもの」に近いとされている。「私のためにあるもの」は外部にあり、人間は自由に奪いに行くことができるのだ。
サルトルは「私のためにあるもの」をかぎりなく「無」にすることが実存だとした。また「我々」という言葉も「心理学的経験」にすぎないとしたのだ。これが彼の哲学の本質であり、あとは、心理学、倫理学、政治学の話になる。

彼は「痛みを知らない人間は他者の痛みも分からないはずだ」という議論をしたことから、痛みの研究に引用されたようだ。

ピッチャーは「三振を奪いに行く」ためにスライダーを投げる。打者の敗北は「私のためにあるもの」であるが、「奪三振記録」は「私の中にあるもの」と昇華されていく。それが実存なのだ。

糖質注)皇族を見ろ。流動的な「私のためにあるもの」をめぐって争っている。そこに「真実」「経験」」「与えられる」というキーワードが関わっているのだ。これがまさに実存主義の哲学の「二元論」なのだ。

「サルトル」スタンフォード哲学百科事典。
http://plato.stanford.edu/entries/sartre/


2011年11月 3日 (木)

タイガーは概念がずば抜けているね~青木功談

「概念」スタンフォード哲学百科事典。
http://plato.stanford.edu/entries/concepts/
「概念」とは、その人の「考え」を構成するもので、心理的プロセスに決定的な影響を与えるものであるとされ、その人の「分類分け」「何を参照するか」「どんな記憶をもっているか」「どんな知識をもっているか」「どんな決断をするのか」という要素からなるものだ。
ここでは、
①概念というものの議論の出発点。
②概念は何によって構成されているか。
③経験主義と生得説から説明する「概念」。
④概念と言語の関係。
⑤概念というものの分析。
で、34ページの論文を終えるようだ。

たとえば、タイガー・ウッズの「あさっての方向にボールをパッティングして、カップに吸い込まれていく」という映像を探そうと思ったのだが、「タイガーにはそういう映像ばかりだ」と言われた。しかし、「ボールがカップに吸い込まれる」というのも「心の生産性」「概念の強さ」から由来するものだ。

「タイガーの概念の輝き」
http://www.youtube.com/watch?v=yCqbW9e6qnI
これを支えているのが「心のプロセス」「概念」

「タイガーの概念の輝き~劇画版」
http://www.youtube.com/watch?v=mVi_0x215fE&feature=related

「概念の生産性」という議論にウィトゲンシュタインが関与している。彼が歴史に残る「論客」である理由の一つだろうね。人間の「概念」というものには「心理学的」「言語学的」さらには「哲学的」なアプローチがなされたのだ。第二言語を身に着けることとその人の「概念」に与える影響という研究もあるのだ。

概念というものの議論の出発点
心の表象理論(RTMと略されるようです)という理論があり、この議論の初期には人間の心は何らかのイメージで構成されていると考える論者が多かった。しかし、やがて、言語の研究が導入され、言語の論理構造が心を構成しているのではないかとされたのだ。だが、今度は記号論の進展により、言語構造と何らかのシンボルが混在して心というのは構成されているとされた。「いいイメージ」や「いい論理構造」「シンボル」などが心を生産的な方向に向かわせることがあるとされる。いったい何が「心を前向きに」もっていくかというのがRTMが何によって構成されているかという議論だと言っていい。
概念の説明における表象というのは「なにが自分を前向きにさせるのか」あるいは、さまざまな方向に自分の心を向けるのかという理論であったが、一方で、概念という言葉は「能力」を表現する機能を果たすとされる。その人の知っていることや記憶、さまざまな構成要素からいろんな能力を人間にもたらす。その際に、外国語を学んだら人間はどうなるかという指摘がなされた。母国語に何でも変換しているわけではなく、その人の概念の「器」を増やしているのではないかとされる。つまり、外国語を勉強することはその人のいろんな分野での「能力」に影響を与えることになる。
第三に、感覚の説明としての「概念」という表現がある。胃がキリキリ痛むのかチクチク痛むのか、その人が他者にも理解可能な言葉を選択して言葉の器と感覚を適切に結び付けるのも「概念」という表現で使われるとされる。
以上の議論をするのには意味がある。「なにが自分を前向きにするのか」「なにが自分の能力を強化するのか」「言語と感覚はどのように関わっているのか」という三つの側面に「概念」という言葉はわけられるが、いずれも、タイガー・ウッズが「ボールをカップに入れる」離れ業の背景にある研究となるのだ。

この研究において「いいイメージ」「いい論理構造」「シンボル」が心を生産的な方向に向けるのが表象という概念であるとしたが、この三つの要素を「人気アイドル」は兼ね備えていることになるのだろうか。
秋元康氏に聞いたところ、「そういうことは考えていない。映画を見たほうがいい。俺は映画を見た人としか話さない」とのことであった(笑)

結局、「概念」が強いというのは「自分の心を前に向ける」「能力強化のための技術として言語学の方面などからも鍛える(いろんなものを読む聞く)」「感覚と言語と概念の関係を探求する」というものを「哲学する」ものであり、俺のように「タバコを吸って音楽を聴いてジュリストを読んでいれば幸せ」でも成立してしまうのだ。これにいろんな外国語文献を加えて、いろんなものを動かしてみれば「能力開発技術」としては十分なのかもしれない。これで「玉体」は作られてしまうのだ。

そんなわけで、この研究は打ち切りです。実践がなければ能力は強化されません。哲学にも限界がある。うまい具合に修練を回していく研究だ。

なお、表題についてクレームが来たので明確にしておきますが、青木功氏は「タイガーは思想が抜群である」と解説で発言したことがあり、「概念」とは言っていません。しかし、この記事の研究の趣旨から青木氏の発言を若干修正して掲載させてもらいました。


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