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2011年10月 2日 (日)

アンリ・ベルクソン

ベルクソンは彼が生きている間はカルト的信者を集めた思想家であるが、戦後に彼の名声は一度は失われている。しかし、メルロポンティやサルトルが彼に注目し、ドゥルーズが本格的に研究したことから復活を果たしている。彼は「多様性」というものを論じたのだが、これは画期的な視点だった。しかし、ベルクソンは「異なる種の多様性」と、「同一人物の一貫性」という、「大勢の人」と「個人」の二つを研究対象にした。これは一見矛盾するようであるが、個別の人ひとりをとっても、記憶の探求などを行い、決して一貫しておらず、個人にすらライフタイムという見地からは「多様性」が見られるという観点を指摘している。
彼はポーランド人の父と英国人の母のもとに生まれたユダヤ人で、学業は数学から入っている。パスカルの研究を行ったが、師匠に「キミは数学者と言うよりも哲学者だね」と言われている。これは有名な話だそうだ。のちに彼はフランスの市民権を得ている。英国の市民権を得ることも可能だったが、フランスで自由にスペンサーの研究などに没頭した。「近代心理学の価値とはなにか」という論文で二位の成績で大学を出ている。彼の最初の出版物は「催眠状態における無意識のシミュレーションについて」というものだった。彼は催眠術の研究を行ったのだ。その後、有名な「ヒステリーの研究」なども公表したが、基本的に「無意識の記憶」について研究したとされる。この「無意識の記憶」という著書ひとつとってみても、大学受験を指導するものにとっては重大関心事ではないだろうか。そのあと、彼は「出来事と記憶」について著書をだし、やがて「笑い」について研究するようになる。「喜劇の意味に関するエッセイ」などを出している。そのあとに「形而上学入門」を出した。フランスの哲学は自由にいろんなものを研究したものである。
彼が1907年に公表した「クリエイティブな進化」という概念は大いに論争の的になった。ラッセルはこの議論の失敗を予測したし、経験主義者・現実主義者・理想主義者などを含め、女性たちや当時の学生まで巻き込んで、彼のフランスでの講義は超満員となった。その聴衆の中には詩人であるT.S.エリオットもいたとされる。1913年に彼はアメリカにわたり、「霊魂と自由」という講義を行っている。ニューヨークタイムズが彼の特集を行い、ブロードウェイが交通渋滞を起こしたのは歴史上、この時が初めてだとされる。同じ年に、大統領に「生命と霊魂の研究のまぼろし」というスピーチを行った。彼はユダヤ人としては初めてフランスアカデミーの会員になったし、バチカンが彼の「クリエイティブな進化」という概念への攻撃を行った。
彼は政界にも進出した。第一次世界大戦の前に「平和を守れるのはアメリカしかいない」という判断のもとにウィルソン大統領を訪問し、国際連盟をつくるのに尽力した。1946年に現在の国連にとってかわられるまで国際連盟は続くことになる。その後、「心のエネルギー」という本を出したり、アインシュタインと対談したりした。アインシュタインとは「継続的であることと同時であること」というテーマについて論じたそうだ。
彼は極度の関節炎に悩まされるようになり、結果的にこれが彼の学者生命を終わらせることになる。1928年にノーベル文学賞を受賞し、最後に「道徳と宗教の二つの起源」という本を出して人々を驚かせた。彼の最後のエッセイは「創造的な心」というものだった。ナチスがフランスに侵攻し、ヴィシー政権ができた時に、ユダヤ人である彼の妻は彼が遺した論文などを燃やすように命じられたとされる。このことが、この時期にベルクソンが哲学シーンから消える理由となったとされる。
これがベルクソンの生涯のあらすじである。

「多様性」に関する議論は二つの潮流に分かれた。ベルクソン主義と現象学である。現象学においては多様性というものは常に「統一された意識」に対して比較されるのもであるのに対し、ベルクソン主義においては「意識のさしあたってのデータ」と比較されるという違いがあった。意識「の」というのと、意識「に対して」という視点がおそらくベルクソン主義と現象学の大きな違いだろうとされる。この論稿が収められている「時間と自由意志」という文献はサルトルがのちに「私を哲学の世界へいざなった本」と呼んでいる。

「アンリ・ベルクソン」スタンフォード哲学百科事典



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