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2011年6月24日 (金)

国家の目的と共同体に属するということの意味

ゲオルク・イェリネクは、国家の目的を「国民の安全」「外国の侵略からの防衛」「国内法秩序の構築」の三つであるとした。一方で「自由」「安全」「福祉」と割り切る見解もある。国家に目的はあるだろうか。目的のない人生だってあるのだから、ただ「自己保存」「国家の存続」だけを目的とした国家だってある。いろんな目的はある。世界征服を目的とする国家と、権利保護を目的とする国家は明らかに性質を異にする。生活を送っていても「安全」「外国からの侵略の防衛」の必要性は明らかだし、「国内法秩序」を学習するのは俺のライフワークでもある。国内法秩序の研究は、人々が私的領域で団結したり、文化を形成したりする上での、基本的な発想を提供してくれる。「2ちゃんねるは文化の縮図」とも言え、日本国は、国民の共同生活を円滑に進めることを守っている。「警察への通報」「名誉棄損の仮処分」なども国内法秩序に包摂される。俺は今のところ「日本人が共同生活を送るうえでの国内法秩序の学習」に力を割いている。
ここで、なぜ人は「共同体」を必要とするかについて語りたい。マイケル・サンデルによれば、自我は完全に独立した主体によって形成されるものではなく、アイデンティティの構成要素となっている構成的共同体が共有する「善」の観念に依存している。構成的共同体が重要なのはそれが愛着を提供するからである。愛着は選びうるものではなく、発見されるものであり、他者の善に対する接近を可能にし、それを通じて自己の善き生き方を再構成をする契機を得ることによって、自我を基礎づけ、同時に、自己の道徳的判断が恣意に陥らないことを保証してくれる。俺にとって、この共同体は、日本国の法律家共同体であり、彼らの情報にのみ情報を依存していることから、彼らの提示する「善」への愛着の発見が行われ、ひたすら国家統治の研究を行ったのだ。皇室のメンバーを分析するうえで「どのような共同体の善に愛着をもっているか」という分析はまさに最重要テーマであり、その共同体が彼らの道徳的判断の客観性を基礎づけるものでなければならない。俺はたまたま東大法学部をその「保証」としているわけだ。それが皇室コミュニティーにどこまで通じるかという問題になるが、日本の統治機構で東大が占める力は絶大なものがあり、もはや天皇の判断では動かない確かさがある。
ジュリスト5月1・15日号「国家の目的と活動範囲」工藤達朗、「国家なき立憲主義は可能か」駒村圭吾

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