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2011年3月16日 (水)

中国と戦後補償の理論

「日中戦後処理:外務省と最高裁の異なる見解」
まず前提として、全面戦争に突入した日中間の戦争がいつ終結したのかという議論があるが、「日華平和条約により終了し、これを一回限りの処分行為としてサンフランシスコ条約・日華平和条約・日中共同声明を密接不可分のものとする」三位一体論が存在するが、最高裁はサンフランシスコ条約を中国と結びつける論理として採用したのが「サンフランシスコ条約枠組み論」であった。
日本の戦後処理を決めたのはサンフランシスコ平和条約であるが、サンフランシスコ講和会議には中華人民共和国は招聘されておらず、締約当事国にはなっていない。日華平和条約は、日本と中華民国との間で締結された条約であって、これをそのまま中華人民共和国国民に適用できるものではない。それを踏まえて、サンフランシスコ平和条約と、平和条約の実質を有する日中共同声明をどのように解釈するかが問題となった。
外務省は比較的早い時期に見解を示している。
1951年10月26日の国会答弁で西村熊雄条約局長は、「サンフランシスコ平和条約の拘束を受けないで自由に日中間の平和解決ができる」と答弁した。その背景には、日本が平和条約と同一または実質的に同一の条件で非署名国と二国間条約を締結する義務は、平和条約の効力発生後三年間に限られる、とされており、三年間経過後は「いかなる内容の条約も締結できる」と解釈した前原光雄教授の見解が背景にあった。これは「日中共同声明五項に、明記されていない中国国民の加害者に対する損害賠償請求権の放棄までは認められない」とする主張の根拠とされ、広島高裁もこの立場をとった。個別的な請求権を認める立場だ。
最高裁は、「広島高裁判決の誤り」を指摘し、「サンフランシスコ講和条約一般の解釈論と戦後処理の枠組み論」を示している。この「枠組み」の中で、日中共同声明第五項を、日華平和条約11条および、サンフランシスコ平和条約14条(b)による、「中国国民の日本国およびその国民に対する請求権の『放棄』を含むものとして、中華人民共和国がその『放棄』を宣言したもの」と判示した。
最高裁は、ベルサイユ条約の失敗を引用し、当事国がその国内部での調整を経たうえで、国家間で統一的に解決を図ったものである、ということを前提とし、被害を受けたその国民は、賠償を受けた当該当事国の国内問題として、各国がその財政事情等を考慮し、救済立法を行うなどして解決するもの、としたのだ。
この論理は「サンフランシスコ条約の枠組み」と呼ばれる理論で、「日中共同声明において、戦時賠償及び請求権の処理について、サンフランシスコ条約の枠組みと異なった取極めがされたものではない」とするものであり、いかなる理由で「非当事国」である中国をこの枠組みに組み入れるかに関しては、「公表されている日中国交正常化交渉の公式記録や関係者の回顧録等に基づく考証を経て、今日では公知の事実となっている交渉経過等を踏まえて」考えた、とした。
わが国は、オランダ人元捕虜等事件をきっかけに「外交的保護権のみ放棄論」から「請求権放棄論」へと転換したとされるが、この最高裁判決はそれを基本にしながらも、「個別的請求権に関しては、債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられない」と結論付けた。
もともと、日本は6年半にわたって占領下におかれ、日米安保条約・日華平和条約・日韓基本条約を含めて「なし崩し的にサンフランシスコ体制を構築」したと中国は認識し、周恩来外交部長は、対日講和会議以前から「日本帝国主義を復活させ中ソを敵視し、アジアに脅威を及ぼし、新たな侵略戦争を準備する条約に他ならない」と強く批判してきたのだ。これが「占領下にある日本」に対する中国の見方だった。しかし、占領下にあった時と1972年9月の日中共同声明の時では国際情勢は大きく異なる。占領下にあった時は、日中ともに「同じ認識」をしていたのだが、西松事件最高裁判決においては、現状に合わせて、外務省見解とは異なる解釈を最高裁はとったことになる。
法律時報80巻4号「サンフランシスコ条約と中国」五十嵐正博

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