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2011年1月25日 (火)

「史上最大の総力戦」の後始末

日本の第二次世界大戦の戦後処理の大枠を決めたのはサンフランシスコ平和条約であるが、物事の解決はお金によってなされることから、第五章「請求権および財産」という項目で賠償・請求権問題について定められた。14条(a)によって、日本に戦後賠償の支払い義務を課している。しかし、日本国内ですら闇市の時代であり、この限られた日本の資金力に配慮し「別段の定めがある場合を除き」連合国は賠償請求権を放棄するとされた。
この背景にはイギリスとアメリカの思惑があった。日本の賠償負担を軽減して早期復興を実現することがアジアにおける西側陣営の強化につながると考えられたのだ。条約当事国の大半がこれによって請求権を放棄しているが、フィリピンとベトナムだけは放棄していない。そのため、フィリピンとは1956年に、ベトナムとは1959年に賠償協定を結んだ。また、日本の旧植民地は「連合国」に含まれないため、4条(a)によって、日本はこれらの地域の当局と特別取極めで解決すると規定している。最後に、日本国・国民がこうむった戦争被害については、19条(a)によって請求権が放棄された。
また、サンフランシスコ平和条約の当事国ではなかったビルマ・インドネシアとは、個別交渉を通じてそれぞれ1955年・1958年に平和条約・賠償協定が締結されている。これ以外の占領地域・旧植民地とは、主に賠償請求権の放棄を条件として援助その他の経済協力を提供するという形で問題の処理が図られた。たとえば、1965年の日韓請求権協定では、日本が韓国に三億ドルの物品・役務を無償供与し、二億ドルの借款を供与することを条件に請求権の問題が「完全かつ最終的に」解決された。
さて、日本政府は以上の処理をもって、第二次世界大戦に起因する賠償・請求権問題は「解決済み」という判断をとることになった。それでは、この「解決済み」とはどのような意味であろうか。1991年8月27日参議院予算委員会における外務省条約局長の見解が示された。「(日韓請求権協定は)日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということ」であり、「いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」
この公式見解の意味は①大戦に起因する賠償・請求権問題は、日本と連合国、占領地域・旧植民地諸国の政府間レベルでは最終的に解決した。②その結果として、関係各国は、自国民がこうむった戦争被害について、わが国に一般国際法上の外交保護権に基づく賠償請求を放棄した。③以上の処理は、戦争被害者(日本国民・連合国国民・占領地域・旧植民地住民ら)が個人として自らの被害について賠償を求める請求権には何ら影響を与えない。ということである。
この見解で注目すべきは「戦争被害者個人の請求権」である。日本政府は1952年に戦傷病者戦没者遺族等援護法をはじめとする一連の援護立法により、日本人軍人・軍属、未帰還者および在外資産を失った引揚者などの本人や遺族に対して補償を行った。しかし、旧植民地住民である軍人・軍属や文民は、国籍条項や戸籍条項により、援護立法から除外されてしまった。また、占領地域住民やその他の連合国国民に対しても、かりに政府間でお金が支払われていても、経済協力目的で使用されており、個人被害に対する補償としてはほとんど支払われていない。こうして、戦後補償に関しては政府間レベルでは「解決済み」とされながらも、個人の請求権に対しては戦後補償訴訟が数多く提起されることとなったのだ。
日本人が提起したものに、原爆訴訟・シベリア抑留訴訟がある。旧植民地住民が提起したものに、台湾人元日本兵訴訟、韓国・朝鮮人BC級戦犯訴訟、従軍慰安婦訴訟、女子勤労挺身隊訴訟、強制連行訴訟など多数ある。それ以外の外国人が提起したものに、日本軍による連合国軍捕虜・抑留者の虐待や文民の虐殺に対する賠償・謝罪を求める訴訟が多数提起されている。日本の判例はこれらの請求をことごとく退けてきた。争点となった国際法の規則は多岐にわたるが、裁判所が訴えを退ける論理は一貫している。「国際法は国家間の賠償・請求権問題を扱うものであり、戦争被害者である個人に賠償・請求権の根拠を与えるものではない」という論理だ。これはつまり、個人の賠償・請求権の根拠は日本の国内法に求めなければならないということであり、日本の立法政策の問題であるということを意味するのだ。こうした戦後補償の網の目から漏れた人たちに対して、裁判所は一方で日本の立法・行政府に早期の適切な立法措置を促しているのが現状なのだ。これに応じて、台湾住民である戦没者遺族、旧日本軍の軍人・軍属であった韓国人などに弔慰金を支払うことなどが若干行われた。
法学教室2000年7月号「戦後補償訴訟と国際法」中川淳司

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