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2010年10月27日 (水)

日本と中国法~暴れん坊将軍は法律マニアである

おそらく6~7世紀ごろ、日本にとって中国における律令制度の整備は参照すべきものであったので、それ以来の付き合いだということになる。律令格式といった法典や儀礼を定めた礼典、さらにはそれらの運用は、儒家思想の経典と合わせて、日本の律令国家形成に指針を示すものだった。中国法研究は国家の存亡に関わっていた。さらに、法制度の運用をお家芸とする「明法家」の活動は中世まで続いた。
時代は下り、江戸時代の8代将軍吉宗は、紀州藩主時代より法律好きの大名であり、将軍となってからも儒者を集めて明律研究会を開かせて検討させていた。(当時は清の時代だが、明律と清律は基本的に同じ構造である) 一方で御定書型の法整備が幕府によって行われ、このタイプの藩法も普及するが、他方で明律型の藩法を有する藩も現れその代表格が熊本藩(細川家)であった。
法学教室2010年10月号「中国法への誘い」高見澤麿

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