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2010年8月16日 (月)

普天間基地移設問題覚書

テレビで守屋元防衛事務次官のインタビューがあった。普天間移設に関してだ。橋本龍太郎首相が「海」に移設先を持っていったのに対し、小泉首相は「政治的に環境を敵にするほど怖ろしいことはない」として、陸上案にこだわる。そんな中で稲嶺知事が「官民共用空港案」を主張して当選する。しかし、稲嶺は動こうとしない。まったく進展がないので、守屋は稲嶺のもとに足を運ぶ。稲嶺は公然と「あのね、沖縄で大きな仕事をするには20年かかるんだ。まだ8年じゃないか」というのだ。守屋は「だったら沖縄県民にもそのような説明をするべきではないのか」と言った。守屋は1960年代に防衛庁に入省し、基地問題と取り組んできた官僚人生だった。人のいない場所に基地を移設する。夜間早朝の飛行訓練はやめる。防音措置を施すなどの作業をこなしていた。基地周辺住民の安全を重視しながらも、一方で、普天間基地から莫大な利益を得ている人たちがいることも忘れてはならない。移設先をあれこれ選んでいる間にも、国からは補助金などが沖縄には流れてくる。外務省は一方で、守屋の普天間問題への取組を「日米安保は外務省の専権である」として、面白くは思っていなかった。町村元外務大臣も「守屋氏の活動は存じていない」と答えている。沖縄に有利は発言をすれば、政治家は沖縄でパーティー券が捌けるし、沖縄国際大学にヘリが墜落したときには、稲嶺氏は公約も忘れて米軍は県外に出るべきだ、と発言している。問題が長引けば「補助金」「利権」だけが残存し、周辺住民は問題に苦しみ続ける構造が出来上がっていた。
注)「普天間基地問題:現在の状況」
日米の防衛大臣・外務大臣の会談(2+2)において、8月31日までの合意の予定を延期することにしたことから、アメリカ海兵隊普天間基地移設問題は2011年以降に解決が持ち越されることになった。日本側は、沖縄県民への配慮から、辺野古沖の「一つの滑走路案」を示し、アメリカ側は「二つの滑走路(V字)案」を示すという構図になった。今年の11月28日には沖縄県知事選挙があることから、もはや早期解決は困難となったのだ。現在、実務者レベルで8月中の覚書の書面をまとめている最中だ。(デイリーヨミウリ8月22日付)

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