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Foreign Affairs

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2010年4月

2010年4月30日 (金)

肝炎対策~国の政策

わが国のB型C型肝炎ウイルスの感染者は約350万人、患者は約60万人と推定され、肝炎は国内最大の感染症と呼ばれている。肝炎は感染時期が明確でなく、自覚症状がないことから、適切な治療を行わないまま放置すると慢性化し、肝硬変や肝がんといったより重篤な疾病に進行するおそれがあり、生命を危険にさらす。感染経路には、輸血による感染、母子感染、性交渉による感染など、様々な経路が存在するが、薬害肝炎事件では、出産時や手術時に止血剤として用いた血液製剤にC型肝炎ウイルスが混入していたことにより多くの感染者が出た。また、予防接種の注射針の使いまわしによって多くのB型肝炎感染者が出た。肝炎治療には費用がかかるうえに、長期の休養が必要だ。仕事への影響は大きい。また、肝炎ウイルスは空気感染をしないので、職場での感染はないと思われるが、その理解が不十分で、内定取消しや解雇といった差別も起きている。
肝炎対策は従来から行われていたが、平成18年に最高裁で予防接種禍事件での国の責任が認められ、さらに大阪地裁でC型肝炎訴訟の国の責任が一部認められたことから、国会が動き出した。平成20年4月からB型・C型肝炎のインターフェロン治療の医療費助成が始まった。平成21年11月30日に「肝炎対策基本法」が民主党政権下で成立した。市町村民税の金額にあわせて、月額1万円・3万円・5万円にインターフェロン治療の自己負担額が設定された。今後も、医療費助成は拡充の方向で、さらには助成対象に核アナログ製剤治療を追加することが予定されている。
ジュリスト2010年4月1日号「肝炎対策の推進に向けて」剣持慶久

2010年4月27日 (火)

かぜ(風邪症候群)について

かぜとは、鼻やのどに起こる急性の炎症の総称だ。のどの痛み、鼻水、鼻づまり、咳、たん、くしゃみ、悪寒、発熱、頭痛、関節の痛み、筋肉の痛みなどの症状があり、数日で治る。ただし「かぜは万病のもと」といわれるように、こじらせると中耳炎・扁桃炎・気管支炎・肺炎などになるおそれもあるし、もっと重い合併症を発症することもある。
原因は何だろうか。ほとんどの場合は、ウイルスや細菌が鼻や口から肺にかけての空気の通り道に感染して起こる。さらに、暑さ・寒さなどの温度変化、寝不足、栄養のへだたりなどで抵抗力が低下した時にかかりやすい。
予防法としては、手洗い・うがいが有効なのは明らかだ。また、家で使うタオルは家族でも別々にした方がいいとされる。成人の場合は、軽症の場合は、からだを温かくし、水分、栄養をとって安静にすることが一番の治療だ。熱が出て汗をかいたり、嘔吐・下痢などがある場合は水分補給が必要だ。薄めの麦茶やほうじ茶、スープなどが有効だ。スポーツドリンクのようなイオン飲料を補給してもいい。発熱があるときは食欲もなくなるが、エネルギーを消耗している。おかゆ、煮込みうどん、野菜ポタージュなどのメニューが推奨されている。栄養補給は、たんぱく質、ミネラル、ビタミン類が大切だ。食欲がなければ、食べられそうなものを少しずつ食べるといい。ジュースやプリン、卵豆腐やアイスクリームでもいい。ユンケルのようなものは、ビタミン類やアミノ酸の一部は補給できるが、食事の代用にはならない。病院の点滴も同様だ。たまご酒もそれなりの理論は確立しているのだが、苦手でなければ試していいという程度に考えられている。かぜは、食事だけでは治らない。他人にうつさないという観点からも、自宅でゆっくり休養したほうがいいのだ。
参考:万有製薬株式会社「かぜ症候群のときの食事」

2010年4月26日 (月)

慢性肝炎~謎の診断

私は1992年3月に精神科に初めてかかった。いつ頃かは忘れたが、いつしか私のカルテの表紙に「慢性肝炎」と書かれていたのに気がついたのだが、医者には聞けなかった。
今日、私は病院で肝機能障害に関する資料をもらってきたので、いろいろと書いてみようと思う。
肝臓は「上腹部の右側からみぞおちのあたりに位置し、内臓の中では一番大きな臓器である。肝臓は体の化学工場とたとえられるとおり、各臓器から集まった物質から様々な物質を合成する。胆汁をつくる、アルコールや薬物を解毒するなどの機能を持っている」とある。治療の方法からは大きく4つに分類されるようだ。
「脂肪肝」「アルコール性肝障害」「薬剤性肝障害」・・・これらは原因物質の摂取をやめるしかない。
「急性ウィルス性肝炎」・・・劇症化しなければ特別な食事療法は不用。
「ウイルス性の慢性肝炎」・・・肝硬変や肝がんに進行しないよう、抗ウイルス治療をする。
「肝硬変」・・病気や病態に合わせた処置になる。
血液検査をした時に、医者は何を見ているだろうか。多くは酵素の血中濃度を見ている。肝臓の細胞が壊されたり、胆汁の流れが悪くなったりすると酵素も血中に流れ出すからだ。「GOT」「GPT」「ウイルス抗体」「血清たんぱく質」「ビリルビン」「LDH(乳酸脱水素酵素)」など。
「GOT」「GPT」では「肝細胞のダメージ」が分かる。
「ALP」「γ―GTP」では「胆汁の流れの悪さ」が分かる。
私の場合「肝性脳症」を経験しているが「たんぱく質を控え、場合により肝疾患用経口栄養剤(アミノ酸)を補給する」とある。私が水分・糖分の補給を必要としたのはやはり寄生虫の影響だろう。医者は基本的に「薬剤性肝障害」だと判断していた可能性がもっとも高い。
参考:万有製薬株式会社「肝機能障害といわれたら」

「昭和天皇がフランス語が話せた」理由

15世紀の末から、スペインが世界を席巻し、標準語であるカスティリア語が国際的に流布した。ラテン語が国際的な言語であることには代わりはなかったが、17世紀中葉に神聖ローマ帝国は「終わりの始まり」を迎えており、同時期にフランスのルイ14世(1643~1715)の治世の間にフランスの政治権力は最高に達し、フランスの外交は急速に国際的優位を確保しつつあった。世界のすべての地域でフランスの複雑な利害は、洗練された外交を必要としたのだ。そのモデルは他の西欧諸国に模倣された。フランス語には「精密さ、明快さ、優美さ、洗練された科学的正確さ」があったので外交文書に適したとされる。1648年のウェストファリア条約では、フランス代表団は、結局ラテン語での条約文に同意したが、フランス語を用いるように圧力をかけた。スペイン継承戦争のユトレヒト条約(1713年)はフランス語を用いた。1815年のウィーン会議はナポレオンの敗北にもかかわらず、フランス語が用いられた。19世紀にはほとんどの国際会議や外交文書にはフランス語が用いられたのだ。1818年のエクスラシャペル会議、1864年以来の赤十字会議、1868年のサンクトペテルブルグ会議、1874年のブリュッセル会議、1899年と1907年のハーグ平和会議と諸条約、その他、すべてをフランス語が支配した。
第一次大戦後の1919年にようやく米国のウィルソン大統領が「英語の国際語化」を決意して会議に臨んだと言われる。ヴェルサイユ条約でようやくフランス語支配が揺らいだのだ。1945年の国連憲章を起草したサンフランシスコ会議は、フランス代表にとって悲惨な経験となった。ソ連外相のモロトフの動議によって「英語・フランス語・ロシア語・中国語・スペイン語」が公用語としての地位を認められた。国連憲章111条に明文化されている。この一連のフランス語の重要性の経緯から「昭和天皇はフランス語が話せる」と伝えられているが、その真偽は定かではない。
ジュリスト2010年3月15日号「国際法とフランス語」藤田久一

2010年4月19日 (月)

「宴のあと」~日本で最初のプライバシー裁判

1959年4月に東京都知事選挙が行われた。保守派(自民党)は東龍太郎を擁立し、革新派(社会党)は元外務大臣の有田八郎を立てた。両派は激しい選挙戦を展開し、特に「怪文書」の応酬が凄まじかった。有田夫人の私生活の暴露はかなり露骨に行われ「般若苑マダム」などと言われるほか、有田死亡説も流された。当初、優勢を伝えられていた有田だが、徐々に劣勢にまわり、最後には182万票対165万票という結果で落選した。選挙後、有田は、時の総理岸信介や幹事長川島正次郎などの実名を挙げて選挙妨害の実態を暴露したり、「般若苑マダム」との結婚生活や離婚の経緯を雑誌に寄稿した。翌年、中央公論で三島由紀夫が1月号から10月号まで連載したのが「宴のあと」だった。これは、法学部卒の三島にとってプライバシーの問題とされるのははなはだ不本意だったようだ。すでに出回っている資料をもとに、様々な創作を加えたものだったのだが、判決では「私生活上の事実だと受け止められるおそれがある」とされたのだ。この一文は今だに学生に重要な影響を与えている。中央公論では「この小説にはモデルがいない」という記述もあった。つまり、今のテレビドラマでいうと「このドラマはフィクションであり・・」という言葉が何の意味も持たないこととなった。三島は「有田氏の承諾もある」と主張したりしていた。この事例がなぜ「プライバシー裁判」として日本で初めてとなったかというと、有田側の弁護士の森長英三郎が、民法学者の戒能通孝のアドバイスを受けていたからであるとされている。プライバシーを1960年代に持ち出したのは、先駆的研究を参照したからだったのだ。
法学教室2010年4月号「不法行為判例に学ぶ~社会と法の接点」大村敦志

2010年4月14日 (水)

ニート・ひきこもり~厚労省の対策

現在、15歳~34歳の全体数約3000万人のうち、若年無職者(いわゆるニート)は64万人いるとされ、ひきこもりについては約32万世帯が抱えているといわれる。これまでもニート・ひきこもり対策は厚生労働省が積極的に行ってきたが、2009年7月に「子ども・若者育成支援推進法」が成立し、初めてニート・ひきこもり対策の根拠法令ができた。すでに施行されている。支援ネットワークである協議会が設置され、一次的な相談窓口としては子ども・若者総合支援センターであり、センターは自ら相談業務を行うか、関係機関の紹介や協議会への情報提供を行う。具体例としては、児童家庭支援センターで生活支援を調整したあとに、ハローワークと連携し、さらに教育相談所の相談員に学校の紹介をしてもらう。母子家庭のひきこもりの子どもだとすれば、性格に合う仕事(図書館、清掃)などをやりながら、近所の定時制高校に通うということになる。また、アウトリーチ(訪問支援)によって、外部の機関と接触を取らなくても自宅を訪問して対応することも考えている。
ニートやひきこもりのきっかけに中学校不登校・高校中退が挙げられ、これは個人的に私も関心のあるところだ。学校はいじめにより子どもが弱者を教室から排除することがたやすく、それが人生に悪影響を与えることになるのは好ましくない。私は中学二年生で26日間欠席をしていたために、滑り止めの私立高校のランクを下げている。逗子開成高校の面接官に「公立高校に行ってくれ。来てもらいたくない」と面接で言われているのだ。
ジュリスト2009年11月1日号「ニート・ひきこもり等の現状と子供・若者育成支援推進法の制定」久保田崇

2010年4月13日 (火)

高速道路無料化~昨年の猪瀬直樹の主張

「民主党の高速道路無料化案について」猪瀬直樹(文藝春秋2009年9月号)
全国の高速道路は6社の高速道路会社によって運営されている。2005年に旧道路四公団が分割民営化されて発足した株式会社だ。毎年の売上は合わせて2・6兆円だ。しかし40兆円の借金を抱えている。道路四公団は特殊法人であったために、毎年、税金や財政投融資などが「予算」として入ってきていた。予算は使い切らなければならず、効率の悪い運営がなされた。採算の取れない道路を作ったり、公団ファミリー企業に仕事を丸投げしていたりした。また、道路工事を引っ張ってきた政治家によって全国の土建屋が潤い、政治家に票が投じられるという巨大土建国家が自民党によって作られた。さて、民主党の高速道路無料化案であるが、毎年2・6兆円の料金収入のうち、2兆円が入ってこなくなる。これは無料にするのならば国債に付け替えてごまかすしかない。毎年1・36兆円を60年間にわたって税金で支払い続けることになる。国鉄民営化のときには、11年後に借金が全額一般会計予算に流し込まれている。あと「不公平」な点が民主党の政策にはある。高速道路利用者は全ドライバーのうち十人に一人だ。さらに、地方から順次無料化するというのも不公平だ。無料化した場合にはさらに、せっかく財務体質を透明化したものが「税金」の投入によってふたたび官僚に掌握されてしまうことが指摘できる。その税金には当然利権も絡んでくる。また、国道の運営を見れば分かるように、地方自治体に「直轄事業負担金」を課すことになるが、使途不明部分が多く、橋下府知事に「ぼったくりバー」と評されたのは記憶に新しい。このように、民主党の無料化案は、道路公団を民営化したことによるガバナンスを解体することになり、借金は国債に付け替えられて子や孫の代までツケを回すことになる。猪瀬氏は「民主党の名誉ある撤退」を望んでいるのだが、この政策は「菅直人の焦り」からマニフェストに入れられたとも言われ、今後の推移はどうなるかは分からない。

2010年4月 8日 (木)

「パロディ」と著作権

日本では、「パロディ」というのは著作権法の「鬼っ子」と呼ばれるほど困難な解釈が求められる。アメリカでは「フェアユース」として認められている。昔、マドンナの「ライクアヴァージン」で「困難を乗り越えてあなたと出逢った、初めてあなたと触れ合う」という歌詞を「なんとか医学部を卒業したぜ。患者に触れるのは初めてだ」とパロディにした歌手がいた。基本的に「原著作物への侮辱」は禁じられているが、マドンナも楽しんでいたのならまったく問題はない。日本の法律ではフェアユースはないが「原作が社会的共有財産といえるほど著名なこと。原作を揶揄しないこと。原作を通じて社会的に形成された固定観念を破壊、風刺すること。芸術的問題提起であること。独立性を持つこと。必要最低限であること」などの解釈論が展開されている。日本にフェアユースという概念を持ち込むことは、日本では表現の萎縮につながるといわれ、現行法にそのような表現手法も付け加える対応が現実的だとされる。
かつて、「DA.YO.NE」というラップがブレイクした時に、「SO.YA.NA」という曲を東野幸治と今田耕司などが出して「いざとなったら裁判カモーン!」「ホンマに訴えられたら負けるで」と歌詞で言っている。しかし、レコード会社は両者ともにエピックソニーだったようだ。
なお、パロディには「色あせ」論という議論が存在する。原著作物がブームを終えて色あせた時点で、パロディをやることに意味を見出す議論のようだ。美川憲一のモノマネをコロッケがやっていたが、美川の方からモノマネを頼んでいたという話を聞いたことがある。
ジュリスト2010年3月1日号「表現の自由、パロディ、著作権」小泉直樹

2010年4月 7日 (水)

会計検査院は「機密費」にも斬り込める

旧会計検査院法においては、政府の機密費が会計検査の対象から除外されていたが、今の法律ではその除外規定はなくなっている。つまり、会計検査院は、書面検査にとどまらず、常時または臨時に職員を派遣して各官庁に実地の検査を行うことが出来る。必要に応じて帳簿・書類・その他の資料の提出を求め、または関係者に質問・出頭を求めることが出来る。これらの権限行使に従わないものには懲戒処分を下すことも出来るのだ。検査報告は内閣に提出され、国会で審議されるが、国民への説明義務はないとされる。さて、これらの権限を持つ会計検査院とマスコミ、どちらから「情報」は出てくるのだろうか?
法学教室2007年9月号「行政組織法・公務員法」宇賀克也参照。
補足)なお、参議院民主党は、自民党政権時代の予算の使い方に対して、「警告決議」というのを行っている。もはやおカネは流れてしまったので「警告」以外に対応はできないようだ。参議院の決算機能の強化というのが言われているが、今後の対処の厳正化を求める「警告決議」がもっとも強い対応となっている。

2010年4月 6日 (火)

サブプライム問題~総括

ジュリストの「サブプライム問題」の論文を読んだが、情報源として明示されているのがすべて日経新聞だった。それほどこの新聞は有識者に信頼されているのかという感じだったが、以前、サブプライム問題の「アメリカが犯した4つの間違い」をドイツの論文から拾ったことがある。それはともかく、解放経済をとる経済体制のなかでは、こうした局面では政府の財政出動もさるものながら、金融政策が重要な意味を持つそうだ。G20の枠組でサミットが開催されたのは2008年が初めてだったそうだ。金融システムは公益性が高く、銀行一行が破綻すれば連鎖反応がおきやすいことから、国家は金融システムの保全に格別の責任を負っているというのはもはや常識であるとされる。日本では、日銀が「日銀特融」という制度を有しているが、政府は「最後の貸し手」として、「預金保険法」によって銀行に資本注入が行える。これまでは、大手銀行や地方銀行に限定されていたが、2008年の金融機能強化法によって、公的資金枠が2兆円から12兆円に拡大され、第二地方銀行、信用金庫、信用組合などにも対象が広げられた。いろんな手法はあるものの、基本は「銀行を守る」というのがもっともオーソドックスな手法なのだ。
アメリカが犯した4つの間違い
間違いその1)アメリカの国策として無理な住宅の普及を図った。
間違いその2)アメリカの不動産市場という「単一の」巨大市場に投資を依存した。
間違いその3)最高レベルの政治意思に支えられた二つの特殊銀行(フレディマック・ファニーメイ)が巨大な車輪を回し続けた。
間違いその4)金融政策が通貨の安定のみではなく、経済発展をも志向し、グリーンスパンが「弱い通貨」路線をとり、途上国の外貨をアメリカに還流させた。

2010年4月 5日 (月)

ゴールドマンサックスCEO~TIME誌より

ブランクフェインCEOは貧しい育ちだった。高校では「面白い奴」を演じて生き残ったという。勉強に打ち込んだらハーバードの方からスカウトが来た。その後、ロースクールまで進んで、弁護士を開業する。あくまでも法律家で、同窓だったバーナンキには劣等感を持っていたという。当時はタバコを2~3箱吸い、太っていた。その後、金の取引に手を出した。やがて金融の部門に進出していく。「投資家は正しいことよりも間違っていることの方が多い。しかし、間違いを直ちに修正するのがいい投資家だ」と彼は言う。やがてゴールドマンサックスに入る。同僚も、10年前なら彼がCEOになることなど予想もできなかったそうだ。しかし、彼はこの時期に、日本の円安への動きを予測し、ギャンブルに勝ったのだ。2006年にゴールドマンサックス出身のポールソンが財務長官になって、ブランクフェインの人生もピークを迎える。スポーツで体重を落とし、タバコもやめた。彼は言う「人生ってのは、自分のいい面を5%増しに評価してもらって、悪い面は見逃してもらうことだよ」と。リーマンブラザーズが破綻したときを振り返って、ブランクフェインは「あの一週間はAIGの一週間だった」と語る。AIGが破綻すればゴールドマンサックスも破綻する。そのことで14回も財務長官と会ったそうだ。今は彼の高級マンションは「ウォールストリートの頭脳」と呼ばれ、広い敷地の別荘も所有している。問題は、公的資金を注入して世論の反発を受けていることに無頓着なところだといわれる。いまだに高額なボーナスを従業員は受け取り続けている。
TIME誌2009年8月31日号
注)なお、金融危機に際して、アメリカでは証券取引委員会(SEC)が、任意の監督枠組として「連結監督事業体」(CSE)というプログラムを導入した。このプログラムの対象グループは7グループ(ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、メリル・リンチ、リーマン・ブラザーズ、ベア・スターンズ、シティグループ、JPモルガン・チェース)だったが、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは銀行持株会社となり、メリル・リンチとベア・スターンズは銀行持株会社グループに売却され、リーマン・ブラザーズは破綻した。

2010年4月 4日 (日)

「年功序列」~労働法からの説明

一時期、能力別賃金制という言葉がもてはやされたが、基本的に日本の労務管理は年功序列である。具体的にはどのようなものを意味するかというと、年功序列とは”実績”が消えないことである、と言うことが可能だ。
それは「降格」というものの意味に端的に表現される。降格には二種類の意味があるとされる。
職制上の地位が下がる降格(昇進の反対措置で降職・降任にあたる)
職能資格制度のもとで資格が下がる降格(昇格の反対措置)
一般事務や、主任、代理、課長などの職掌は「資格」であるから、これらが下がることはある。しかし、日本で一般的な楠田丘式の職能資格制度のもとでは「等級基準」(職種別等級別職能要件)を満たしながら昇格し、現在の等級に達しているという過去の事実(技能習得や職歴の貢献の累積)は消えない。そういう意味で資格が下がるというベクトルは想定されていないのだ。
これが日本の会社の「年功序列」の秘密である。
なお、「職位」の引き下げ措置は使用者の人事権によるものとされ、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とはならないとされている。そして、権利濫用性の判断の考慮要素としては、使用者側における業務・組織上の必要性の有無・程度、降格の動機・目的、労働者の受ける不利益の性質・程度、昇進・降格の運用状況などが挙げられている。

飲食店が警察の管轄となる基準

昔、法学教室で、高木光の行政法が面白くて好んで読んでいた。
たとえば、客に飲食をさせる営業は「食品衛生法による許可」が必要であるが、これに「接待」という要素が加わると「風営適正化法にもとづく許可」が必要となる(風営適正化法49条1項)。この「接待」とは何だろうか? 同条2項に「歓楽的雰囲気を醸し出す方法により客をもてなすこと」とあるが、果たしてこの定義は明確だろうか。刑事罰がともなうので明確でなければならない。いまや、ソムリエやウエイターとの会話など、様々な人的な要素による「接客」で差別化を図る時代である。
警察庁は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律等の解釈基準」というのを出している。これは行政規則であるので、裁判所の判断基準となるものではないが、たとえば、おなじ水割りでも、客の横にホステスが座って作ると「接待」であるが、カウンターの中でバーテンが作る場合は「接待」ではない。お座敷での芸者の踊りは「接待」であるが、ホテルの松田聖子ディナーショーは「接待」ではない。客とデュエットするのは「接待」であるが、カラオケ装置の準備は「接待」ではない。客と身体を密着させたり手を握るのは「接待」であるが、社交儀礼上の握手、酔客の介抱は「接待」ではないとされるようである。行政規則の言葉自体の意味を厳密に分析してゆくことによってその範囲を明らかにすることができない場合には、このような帰納的な方法を用いることもやむえをえないとされる。
法学教室1998年8月号「もうひとつの行政法入門」高木光

2010年4月 3日 (土)

韓国の「非犯罪化」

韓国では、300万ウォン(約24万円)以下の罰金刑の場合は「社会奉仕」活動で代替することになるらしい。近年の経済格差拡大と、新貧困層の急増を背景に、罰金が払えない人が多いことからこのような政策がとられることになった。小額の罰金が払えないために労役場に留置するのは、犯罪者の再社会化を妨げるリスクが大きい。離婚等の家庭崩壊につながったり、労役場で犯罪スキルを学習してしまったり、前科者の烙印を押されて社会生活に支障が生じることもある。そのため、経済弱者に限り、自宅にいながら週末などを利用して社会奉仕を行うことで罰金に代替出来る特例法が提案されたのだ。一方で、通称「電子足輪法」という性犯罪者の足首にGPS装置を装着して監視する法律が施行され、保護観察官が位置情報の監視を行わなければならないという業務の拡大のために、保護観察官の増員が求められることになるが、李明博大統領の「小さな政府」という政策に沿わずに増員は見送られている。この「社会奉仕命令」の制度の運用も、問題はそれを管理する保護観察官の確保ということになる。
ジュリスト2009年6月15日号「韓国・罰金未納者の社会奉仕執行に関する特例法」白井京


2010年4月 2日 (金)

皇室の堕落

文藝春秋を読み返しているのだが、「倉富勇三郎日記」というのがあった。司法官出身で皇室と関わった人間なのだが枢密院議長にまで出世している。非常に細かい日記で「先月上顎に刺さった魚の骨がとれた」という記述があると思えば、急に西園寺公望が登場したりする。そこに、「皇族の遊学」に関する記述があった。東久邇宮稔彦王は、フランスに遊学した時に、毎年現在の価格で八億円もの出費を要求していて、7年間にわたって大変な金銭を浪費したそうだ。その他にも、北白川宮成久王、朝香宮鳩彦王なども1920年代のパリで豪勢な暮らしをしている。そのような連中が国益となる働きをした形跡は無い。もっとも、北白川は自動車遊びで死んでしまったそうだ。言ってみればこの倉富日記は「近代の困ったちゃん列伝」だったのだ。徳川家達が男色だという話が書いてあったり、社会救済運動をしていた有馬頼寧を評して「やはり華族の人間であり、言う事に行動がともなわず、忍耐力も無い」などと書かれている。 この記事は佐野眞一によるもので、現在は新書となって公刊されているそうだ。

2010年4月 1日 (木)

「逆賊足利尊氏を称えるもの」~文藝春秋

斎藤実内閣の商工大臣である中島久万吉が、大正十年に雑誌「現代」にある寄稿をしたのだが、それは足利尊氏と夢想国師の交流を描いたものであり、南北朝時代をヨーロッパ・ルネッサンス期と比較するという面白いものだった。南北朝はただの乱世ではなく、五山文学や、茶道、能、連歌などが生まれたという点で文藝復興期に似ているとしたのだ。だが、足利尊氏に造詣の深い中島の十数年前の論稿が貴族院で槍玉に挙げられてしまった。木戸幸一は、かなりリベラルだと思っていた華族の仲間まで憤っているのに驚いたそうだ。戦後に中島は「今から思うとどうしてあんなことが問題になったのかという、いかにもバカらしい話だった」と振り返っている。世間の流れに超然とするのも必要な発想だということだろう。
文藝春秋2009年6月号「昭和天皇」福田和也

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