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Foreign Affairs

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2010年3月 6日 (土)

ミスターXと田中均の「非対称なチェス」

もともと、北朝鮮としては日本と国交を結べば一兆円の資金が得られることなどから、外務省で政治意思を背景に人をあっといわせたいという傾向がある田中均をカウンターパートと見透かして、「ミスターX」という交渉相手を差し向けてきたのだ。ミスターXに関しては、日経新聞記者がスパイ容疑で拘束されていたことがうまく解決できたことから、「キムジョンイル」と近いのは本当だという「クレディビリティ・チェック」は終えたとされ、キムジョンイルと小泉純一郎が、ミスターXと田中均をはさんでのチェスの差し合いが始まった。北京や大連で30回にわたる話し合いがもたれたが、こうして平壌宣言が練られていき、小泉訪朝が決まった。しかし、本来このチェスの局面全体を見渡していたのはキムジョンイルだけであり、小泉は一局面しか見えないという意味では「非対称なチェス」と言われた。
「ミスターX」の存在を知っていたのは、小泉首相・福田官房長官・古川官房副長官・竹内事務次官、田中アジア大洋州局長・平松賢司北東アジア課長、のちに加えられたのが川口外相だった。しかし、2002年の7月末にアセアン地域フォーラムで、外務省条約局長の海老原紳が異変に気付いた。海老原は「アメリカを無視して安全保障はまとまらない」「村山談話は特定の国に謝ったのではない」という指摘を条約局の立場から行い、また、谷内正太郎総合外交政策局長も「拉致という文言がないではないか」と批判した。この時から、谷内と田中の「拉致」をめぐる争いが始まったのだ。そうして小泉訪朝を迎えた。「生存者5名、死亡者8名」という凄惨な結果に世論は沸騰した。この世論の沸騰で一気に日朝交渉は推進力を失った。実は小泉は訪朝五日前に、アメリカのプレジデンシャルスウィートで米国政府首脳に訪朝を伝えていた。ブッシュは、パウエル国務長官にアゴで「お前が言えよ」とうながして、パウエルは「我々は北朝鮮の核開発の情報をつかんでいる」と伝えた。
結局、平壌宣言にもかかわらず、北朝鮮は核開発を行っており、その後、米国との交渉の場でそれを認めてしまった。日本側は、交渉の失敗を核疑惑のせいに出来るのなら都合がいいと考える連中が多く、アメリカの不信感を買った。
文藝春秋2007年3月号「小泉訪朝・破綻した欺瞞の外交」手嶋龍一

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コメント

小泉訪朝はもっと押すべきでした。あの時の日本の勢いなら、
北朝鮮に革命を起こすぐらいの力はあったと思う。
拉致問題を、訪朝したその場で解決する以外、方法はなかったと思う。
北朝鮮への訪朝は、小泉の失政に数えてよいと思う。

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