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Foreign Affairs

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2010年3月 6日 (土)

中国とソ連の核危機

第二次世界大戦後の核戦争の危機はキューバ危機が知られているが、1969年に、いつもは強気一点張りのソ連当局者から、アメリカに「もし中ソの間に武力衝突が起きたらアメリカはどう対応するのか」というメッセージが送られてきた。すがるような眼差しにも思えた。 アメリカのインテリジェンスは長大な中ソ国境で行われていた中ソの武力衝突の模様を詳細に分析した。戦闘が行われていたのはソ連の補給地点に近く、中国の補給地点からは遠いところだった。これはソビエト側が中国に攻撃を仕掛けようとしていたことを意味する。40を越えるソビエトの精鋭師団が国境に続々と集結し、核ミサイルによる攻撃を窺わせる徴候も報告された。 中国が崩壊すれば東西の力のバランスは崩壊する。キッシンジャーは語る。あの時「国務副長官声明」を出すことによって、アメリカ政府がソビエトによる中国への核攻撃に深刻な懸念を抱いていることを警告し、クレムリンを牽制したのだ。キッシンジャーにとってはこの「国務副長官声明」こそ、ニクソン政権を通じて最も重要な外交上の決定だったという。 この声明は両国の衝突によってアメリカが中立を保つことが出来るようにすることを求めていた。現時点で中国が攻撃されれば、アメリカは中国の側に立たざるを得ないというシグナルを発したのだ。 キューバ危機につぐ二度目の核戦争の危機を瀬戸際で食い止めることができたこの決断にキッシンジャーは誇らしげだった。 文藝春秋2007年1月号「周恩来とキッシンジャーの握手」手嶋龍一

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