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2010年3月 7日 (日)

「養子」の研究

養子縁組に関しては、そもそも親子関係が社会的に多様であり、子の年齢や状況によって一概に言えない部分がある。「社会通念上親子と認められる関係を形成する意思」といってもいろいろある。判例は「兵役免除」「学区制を免れるため」の縁組を「便宜的なものである」として否定している。
では、相続のための縁組はどうであろうか。これは判例は認めている。そもそも、親子関係のありようが様々であり、親子関係の法律上の効果として相続という制度がある以上、これを否定する理由はないとされている。
俺がこれを論じるのは、両陛下との皇位継承のための縁組とはどのようなものかを考察することが問題意識として存在する。
たとえば、未成年者を養子にする場合は家庭裁判所の許可が要る。この趣旨を裁判所は「その縁組が子の利益になるとの心証を得る」ためであるとしている。しかし、何が子の利益になるかは未成熟な子供には難しい。教科書事例では跡継ぎを探していた僧侶が子供を養子にした場合の「職業選択の自由」はどうなるんだろう、などと言われる。財閥の後継者や家元の承継も同じことがいえる。ある家庭裁判所の判断では「身分、職業及び自己の置かれている生活環境等についておおよその認識ができ、養子縁組についても一応の意思表明が可能な年齢になるまで留保したらどうか」とした事例があったそうだ。
この、マスメディアが発達した時代に、皇室の年端も行かぬ子供を「後継者」とすることにも大きな問題が潜んでいる。「この世の贅沢のすべて」を受け取れるのだから文句はないだろう、というのが伝統的な王室の発想だったのかもしれないが、君主の人格的水準が制度の根幹をなす君主制においては、このような発想は国家のハンドリングを危うくするのである。
そもそも「養子」というのは非常に難しい制度だと言われる。成人した大人になると自分の肉親との関係すら難しい。親父・おふくろと自分はどんな関係なのか?それがさらに養子縁組した養親との関係は微妙なものとなる。
幕末から明治にかけて「学者の家系」としてしられた箕作(みつくり)家は才能のある人間を養子として取り込んでいたといわれる。一方、ヨーロッパでは、養子制度が法典化されたのはナポレオン法典だと言われているが、ローマのアウグストゥスはカエサルの養子であった。ローマは養子という制度を知っていたのである。
天皇家の養子による継承は果たしてどのような説明がなされるのであろうか。
なお、「箕作家」という話をしたが、法律学の分野では箕作麟祥という名前が知られている。珍しい名前であることや、学者であることなどから、この一族の人であろうと推測される。箕作麟祥は、明治期にフランス法の翻訳に従事し、今でも法律用語として定着しているものが多いそうだ。
参考:法学教室2009年3月号~5月号の「家族法~民法を学ぶ」に養子に関する記述があります。

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