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2010年3月23日 (火)

教科書裁判の「侵略」について

文部省はいわゆる15年戦争を含めた日本の大陸侵略を、教科書検定において「侵略」ではなく「進入」と書かせていた。1982年に中国の外交ルートを通じてその不当性が非難され、当時の中曽根康弘内閣はその「侵略」性を認めた。それが検定にも影響して、教科書にも「侵略」を書くことが認められるようになった。政府見解が「侵略」という記述を認めたことから、今まで「侵略」と書くことができなかったことに耐えてきた家永三郎氏は国家賠償を求める第三次家永訴訟を起こしている。家永裁判の主な点は、家永氏が「戦争を暗く表現しすぎている」という点に求められている。細かい点では、太平洋戦争を「無謀な」という表現を使ったところに文部省が修正を求めたことなどが重視されているようだ。最近の教科書では昭和期の日本の大陸侵略を「自衛のために必要だった」などと書いた教科書が検定に合格している。家永裁判は、第一次訴訟(国家賠償請求権)が1965年提訴、第二次訴訟(行政処分取消訴訟)が1967年提訴と、ずいぶん古い話なのだが、それは「戦争を暗く表現している」や「無謀な」などという点を争点とした裁判だったのだ。ところが、中国の外交ルートを通じた批判に中曽根が応じたことから、第三次訴訟は1984年の提訴となっている。このときの話が「進入」「侵略」論議だったのだ。われわれが通常知っているのは第三次訴訟だったのだ。
法学教室2009年10月号「家永教科書裁判」永井憲一

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