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2010年3月 6日 (土)

マッカーサー解任劇

文藝春秋2009年11月号にマッカーサーのことが書かれていた。朝鮮動乱で半島を北上していったものの、「中国軍の参戦はない」と確信していたマッカーサーは、完全に目測を誤り、米軍に大損害をもたらす。マッカーサーはアメリカでも歴史上の人物となっていたが、それを中国の連中が嘲笑したのだ。 プライドが傷ついたマッカーサーはそれから発言するたび・行動するたびに自らの「伝説」を傷つけていく。マッカーサーにはもはや中国しか見えていなかった。ソ連がヨーロッパでどう動くか、日本本土が報復を受けるか、なんてことすら見えていなかったのだ。ルーズベルト、トルーマンと二代にわたって、「大統領より偉大な人物」の存在を甘受し続けたが、トルーマンはとうとう決断をする。マッカーサー解任だ。世論が自らを歴史上最悪の大統領であると評価するのも覚悟のうえだった。 マッカーサーはアメリカ凱旋を熱狂的に迎えられた。しかし、彼を待っていたのは公聴会であった。「老兵は死なず」という有名なセリフを残したものの、回を重ねるごとに、自分の立場は守勢に転じて行った。中国の参戦はないと見込んでいたこと。参謀本部でも嫌われていたこと。周囲に腰巾着しかいなかったこと。マッカーサーの伝説をさほど知らない若い将校は、むしろ同僚の失われた命に怒りを持っていたこと。トルーマンは一時的に、自分の権威が地に墜ちようが、大統領としての決断を下していたのだ。後世の歴史家を信じたわけではなかった。かつて、マッカーサーと同じような境遇を軍人としてたどったリンカーンは史上最高の評価を受けていることも知っていた。それでもトルーマンは全責任を負って、民主党政権は幕を閉じた。

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