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Foreign Affairs

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2010年3月12日 (金)

英国と北アイルランドの歴史

北アイルランドは、英国残留を望むプロテスタント系と、分離独立を望むカトリック系の各コミュニティー間に深刻な対立が存在するというのがまず基本的理解だ。そもそも、アイルランド自体がシン・フェイン党により独立運動がなされてきたのが19世紀から英国を悩ませていた「アイルランド問題」だったが、第一次大戦後、アイルランド自由国が独立した際に、北部6州(アルスター州)が英国に残留していた。それ以来、北アイルランドのベルファストには議会もあったのだが、1960年代からテロ活動や武力闘争が激化して、1972年に北アイルランドは英国の直轄統治の下に入った。1998年に「ベルファスト合意」というのがなされて、包括的な和平合意がなされたこともあるが、やはり、プロテスタント系とカトリック系の対立は根強く、何度も英国政府が介入している。2005年7月28日にIRAが「武力闘争終結宣言」をしたことから、交渉が再開された。それまでは、権限委譲をしては停止するという繰り返しだったようだ。北アイルランドの問題は、警察及び司法に関する問題が大きかった。王立アルスター警察がプロテスタント系によって占められていたことから、警察組織がカトリック系の人々からの信頼を完全に失っていたのだ。2009年北アイルランド法で「警察及び司法に関する権限委譲」が立法化されたが、英国の北アイルランド政策は複雑を極め、権限委譲や、人事権、議会の設置などをしては停止するといった、いろんな手段を使って統治を行っていた歴史だった。だが、2009年に「司法省」が設置されたことは、警察組織への信頼という点では非常に重要な意味をもつとされる。
ジュリスト2009年6月1日号「英国:2009年北アイルランド法」田中嘉彦

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

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