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2010年3月 7日 (日)

李登輝

李登輝は60歳までは地味な農業経済学の研究をやっていた人物であるが、蒋経国のあとを受けて台湾の総統になった。90年に総統に再選されるが、軍やインテリジェンスをまとめあげる才覚はずば抜けており、96年に中国が台湾に向けてミサイルを発射した時にその才覚が威力を発揮し、中国軍内部の情報を把握している事実が中国政府に衝撃を与えた。そのインテリジェンスの構築に貢献したのが、亡くなった長男だといわれる。あれはアモイで密輸をやっていた軍人にアメリカドルを握らせることで情報を得ていたのだ。この一件では中国の軍幹部が薬物により処刑されている。
南懐瑾という人物がいた。在野の学者で、儒教の研究や座禅を組むなどの修行をしていたのだが、李登輝の今は亡き息子の嫁もこの南懐瑾のもとに通っていた。しかし、蒋経国がこの学者に危険な臭いをかぎつけて香港に追放している。その後、南懐瑾はフィクサーとして李登輝の中国人脈形成に大きく貢献することになる。
96年のミサイル問題というのは、台湾が高度な「クライシスマネジメントオペレーション」を構築していたことを白日の下にさらした。イスラエルのような準戦時下の国家以外にはこれほどまでの仕組みを構築した国はないといわれる。日本では中国に関しては「一つの中国」という立場であり、いずれは台湾問題も中国の意向に沿って解決されるものであろうが、その際には「平和的解決」をすべきである、という条件付であり、これはアメリカとも歩調を合わせる見解となっている。
米中が軍事衝突を起こす局面は台湾問題以外にありえず、北朝鮮は局地的なものに留まるとされる。
文藝春秋2006年11月号「中台危機・李登輝が放ったスパイ」手嶋龍一

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