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2010年3月26日 (金)

衆議院の解散は「憲法第7条」によって行われる

1948年に衆議院の解散が行われている。この時は占領下であり、解散に関する議論がまとまっていなかった。憲法69条の「内閣不信任案が可決された場合」にのみ衆議院は解散されるのではないかという主張にGHQのホイットニーが同調してしまったために、野党8会派が連合して不信任案を提出し「憲法第7条と69条により」解散されている。これは「馴れ合い解散」と呼ばれている。しかし、1952年4月28日に主権を回復したわが国では、自由党に吉田派と鳩山派があったのだが、鳩山一郎は公職追放解除を受けて、早く解散して議席を獲得したかったのだ。1952年8月26日に吉田茂は国会を召集し、2日後に閣議で解散を決めている。わが国で初めて「憲法第7条により」解散が行われた。このことが苫米地(とまべち)訴訟という訴訟で解散が有効であるかが争われたが、最高裁判決の半年前に砂川事件で自衛隊に関する「統治行為論」を最高裁は示しており、その解釈は苫米地訴訟にも及んだ。もはや憲法7条により解散が可能であるというのは政府の共通認識となっていた。
なお、苫米地訴訟には「解散無効訴訟」と「衆議院議員地位確認・歳費請求訴訟」の二つが存在する。
法学教室2009年10月号「苫米地事件」大石眞

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