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2010年3月12日 (金)

帝人事件と武藤山治

武藤山治は、もともと鐘紡の経営者だったのだが、日清戦争以降、鐘紡を三井財閥でもきわめて優良な繊維製造企業にしている。経営者としては優秀だったのだ。ところが、金融恐慌で経営が傾いたために引責辞任している。そんな武藤が、自身の出身校が慶応であったことから、「福沢先生のため」との口説き文句で引き受けたのが時事新報という新聞社であった。もともと時事新報は、福沢諭吉の「脱亜論」が掲載されたり、日英同盟破棄をスクープしたりした新聞として知られていたが、大阪進出に失敗したり、関東大震災の被災を受けたりして、損失を負い、逆に大阪からの朝日新聞の東京進出による攻勢にさらされていた。そんなさなかに、武藤が時事新報を引き受けたのだ。当初はクオリティペーパーという紙面構成だったが、部数が伸びずに、スキャンダルをスクープする路線に切り替えた。特に東京市会の腐敗を暴いたことから一気に部数を伸ばした。そこで、さらに目をつけたのが「帝人事件」だった。金融恐慌で倒産した鈴木商店から台湾銀行は帝人株を担保として譲り受けていて、その帝人が超優良企業となったことから、帝人株をめぐって様々な交渉が行われ、「番町会」と当時呼ばれた財界人グループの中の、郷誠之助が株を譲り受けた。その株が、各方面に渡った・・というのが帝人事件のシナリオだ。事件としてはさほど筋のいいものではない。しかし、財界の腐敗を暴くという構図が民衆にウケたのだ。そのような中で、武藤山治が北鎌倉の自宅周辺を散歩中に、福島新吉という無職の男に銃弾を5発浴びせられて、数日後に死亡した。武藤は重傷を負いながらもいくつかメモを残したが、福島が自殺してしまったことから、事件の全貌は明らかにはならなかった。しかし、だれもが「政治的暗殺」であることを疑わなかった。
文藝春秋2009年6月号「昭和天皇」福田和也

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