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2010年3月 9日 (火)

日本の金融とBIS規制

BIS規制というのは本来、世界最大のオフショア金融市場ロンドンを擁する英国と、基軸通貨ドルを擁する米国が、数々の銀行破たんを経験したため、銀行の健全性を維持するために1987年に共同でバーゼル委員会に提案したものだとされる。バーゼル委員会の起源は、1974年にドイルのヘルシュタット銀行が破綻して国際金融市場を揺るがせたことから、スイスのバーゼルに国際決済銀行(BIS)が設けられ、国際的な銀行監督の協議の場が設けられたことに始まる。これは自己資本を総資産で割った比率を一定程度に高めなければならないものだった(8%以上)。国内では、国際的なプレゼンスを高めていた邦銀への牽制ととらえる向きもあったのだ。日本は「BIS基準」を1988年に行政指導で導入し、93年に銀行法で制度化した。当時の日本の銀行の信用力を疑う人たちはおらず、わが国は官民協調して対応をとった。まず、分子である自己資本を高める手法であるが、増資という手法は、収益力を無視して増資をすればRoEの数値を悪化させて株価を下げてしまうなどの問題を含むものだった。で、一般的には貸付債権という「分母」を減らす手法が主にとられる。しかし、貸付債権というのは債務者との個人的つながりから形成されているもので、債務者の個人情報まで了解の上で貸し付けている。しかし、この債権を上記の前提を崩さずに他に移転する技術がいろいろ考えられたのだ。わが国は古典的手法をとったが、基本的に債権を「売り切り」しなければならず、債権が回収できなかった場合の保証(リコース)付の譲渡は認められない。しかし、2000年に入ってアメリカからまったく異なる技術が導入されたのだ。高度な金融技術を用いたもので、一大市場を作り上げたが、これがサブプライムローン問題を引き起こした。基本的に、「証券化は住宅ローンに始まり、住宅ローンに終わる」と言われるほど、最後に担保として信用できるのは土地であるという発想があるそうだ。
法学教室2009年2月号「金融と法」大垣尚司

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